海にぽっかりと浮かんだ小さな人工島。地肌と呼べるようなものはどこにも見当たらず、ピラミッドの先端だけが海から顔を出している、ここゼルメアは、そんな海上遺跡である。
王立調査団に依頼されてここを訪れた私はひとまずの探索を終了し、内部で撮影した写真と睨み合っていた。
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「こういう象形文字はどこかで見た気がするな。アルハリのピラミッド……いやジャイラの神殿遺跡だったか?」
「成程。この島とそれらの遺跡に何らかの関係があるかもしれない、というわけですね」
声をかけてきたのは簡素な制服と上品な雰囲気を纏った男である。
「誰かさんが、その遺跡を真似て造ったのかもしれんぞ」
私が皮肉な笑みを向けると、男はきょとんとした顔をした。
今、この人工島は世界中の注目を集めている。
海底から突如浮上した謎の遺跡。その内部には貴重な武具が隠されている、とあらば冒険者が集まらないわけがない。
そして、この遺跡を管理するのが……
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「何故、君らなんだ?」
「我々世界宿屋協会は冒険者の皆様をサポートするのが役目ですので」
「サポートね…」
「はい。この遺跡の謎を解き明かしていただきたいのです」
コンシェルジュは慇懃に一礼した。
まったく、宿屋の協会がどういうわけで遺跡の管理までしているのやら。
「ま、興味はある」
私はわざと真面目くさった顔をして言った。
「古代の遺跡に、なんで最新の防具が眠っているのか、とね」
「それは逆でございます。この遺跡から発掘された装備を元に、職人用レシピが作られたのですよ」
「成程、理屈は合ってる」
「納得していただき幸いです。お客様」
彼は商業的な微笑みと共に再び一礼した。
お客様、か。
目深にかぶった帽子に意地の悪い笑みを隠しつ、私は背後を振りかえった。
冒険者達は次々に人工島へ上陸し、我先に遺跡へと飛び込んでいく。彼らはこの男にとって"お客様"らしい。
……ちょっと、本性を現したか?
「探索を続行される場合には、こちらの…」
画一的な笑顔で男は話を続けた。私は冗談めかして肩をすくめた。
「整理券が必要なんだったか?」
「いえ、整理券ではなく聖印でございます」
表情も乱さず彼は訂正する。その後数分間にわたって彼がさえずった内容をまとめると、遺跡を探索するには参加証を購入する必要がある、とのことだ。代金は宿屋協会の公認会員ポイント。
おかげで遺跡探索にやってきた冒険者達が行儀よく整列して彼らの前に並ぶ有様である。
「本当は無償でお配りしたいのですが、聖印鋳造には手間がかかり…」
「手広くやってるんだな」
「ええ。それはもう…」
「人工島の建設なんかもやってるのかね?」
「ハ…?」
彼は目を丸くした
正直なところ、私はここが本当に古代遺跡なのかどうか、怪しいと睨んでいる。
手際よく来客を捌くコンシェルジュ。何不自由なく整えられた各種施設。飛び交う会員ポイント。
まるで宿屋協会が運営する景品付きアトラクションの会場ではないか。
あまつさえ、この遺跡の奥にある壺は"どういうわけか"預り所の倉庫と直結しているのだ。
「いえ、それも遺跡の謎の一つでして、我々にもどういうことなのか…」
「謎ね…」
便利な言葉ではある。
実際、この遺跡は謎に満ちている。最深部まで辿り着くのはかなり難しいだろう。
何しろ、運だけが頼りなのだから。
その一方で、魔物の強さはそれなり程度。求められる戦力は大したものではないようだ。
「しかしお客様。浅い階層でも運次第でそれなりに良い装備が…」
「ああ、そうらしいな」
私は頷いた。むしろ破格の報酬と言っていい。例えば、しばらく冒険を休止していた冒険者であっても、ここに通えば最低限の装備は整えられるだろう。そういう意味では良心的だ。
「が、達成感はイマイチだな」
便利。快適。それはわかるがやることが極端で困る。これでは探索というより、クジを引くようなものだ。
「しかしお客様、物事には順序というものがございます」
男は食い下がった。
「まずはここで装備を整え、その後に激しい戦いをお求めでしたら、いずれ新たな闘戦記が……」
「その相手も君らが用意するのか?」
「……御冗談を」
彼は白けた顔で目をそらすのだった。
ま、便利な施設には違いない。あまり意地の悪いことは言わず、有難く利用させてもらうとしよう。
……魔法戦士の私が探索すると何故か重鎧やローブばかりが手に入り、砂海の衣が全く手に入らないのにはちょっと文句を言いたいが……。
「お客様。それもまたこの遺跡の謎なのでございます」
男は生真面目にそう答えた。
実際、便利な言葉である。私は天を仰いだ。
飛竜がまた一頭、人工島に舞い降りるところだった。