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獅子のたてがみを思わせる、白みがかった金髪。強い意志と自信に満ち溢れた、静かな笑み。鍛え抜かれた肉体を誇示するように胸元を露出させた、野性味あふれる衣装。腰には二振りの剣。肉食獣を思わせる、しなやかな足取り。
己の力だけを頼りに世を渡り歩く、不敵な風来坊。それが遠目に見たその男の印象だった。
ここはホワイトショコラ城。香ばしくも甘ったるい、クッキーの香りに包まれた城。クイーンに続き今度はナイトにふさわしい男性を決めるため、祭神ファルパパはあらゆる国、あらゆる時代から名のある男たちをこの城に召集した。その中で、私が特にその男に興味を惹かれたというわけではなかった。
ワイルド、クール、世のしがらみにとらわれぬ一匹狼。そんな典型的なアウトローにはあまり興味は無い。もはや珍しくもないからだ。遠目から見た彼の印象は、まさにアウトローの風来坊だった。
だが距離が縮むにつれて、私は第一印象などアテにならない、ということを認めざるを得なくなっていった。
不敵に見えたその表情は、よくよく見れば思慮深く生真面目な男のそれである。強く握った拳は力を誇示するものではなく、抑えきれぬ情熱の証だった。
思い切って声をかけてみると、彼は私に振り向いた。驚いたことに、その仕草には洗練された貴族の優雅ささえあったのだ。
「そなたは……? そうか、ミラージュ殿というのか。自分はファラス。あるお方に忠誠を誓う、一介の従者だ」
彼は篤実な口調で名乗りを上げると丁寧に一礼した。
私は一瞬、しびれくらげに刺されたようにな感覚に襲われた。
第一印象とかけ離れた、武人らしい重厚な物腰。それでいてどこか人懐っこい穏やかな笑みにも驚かされたが、それ以上に、私は彼の名を知っていたのである。
まさかヒストリカ博士の発見した手記の主が、この男とは…
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「まさに驚きの出来事だったよ」
私が語り聞かせるや、ヒストリカ女史は地団駄を踏んだ。
「…私がここで悶々としている間にそんなことが…いや! 今からでも私もショコラ城に向かわねば!」
「もう間に合わないと思うぞ」
レンダーシアから五大陸に渡るだけでも数日はかかる。ナイト選挙の開催は今日までだ。ヒストリカはぺたりと床に座り込んだ。
「だから私があれこれ聞いてきたんだ」
なだめるように肩を叩く。クロニコ少年の用意した椅子に腰かけ、私は再びその時のことを語り始めた。もっとも、ファルパパ神との契約により歴史に関わるような発言はできないようになっているらしく、聞き出せたのは彼自身の性格や個人的な好みに関する話ぐらいだったが…
手記にもあった通り、彼は単なる風来坊ではなく、さる高貴な人物に仕える男だったようだ。
その忠臣ぶりたるや、天空物語に登場するグランバニア三代に仕えた忠臣、サンチョもかくやというほどである。そういえば、自国の王子を「坊ちゃん」と呼ぶあたりもサンチョを彷彿とさせる。
見るからにコミカルな風貌のサンチョと、一見、不敵なアウトローのファラス。外見だけでいえば真逆の彼らが奇妙なほど似ているのだから、面白いものである。
「それで、少し話しこんでみてな……」
話しているうちに、彼の性格が少しわかってきた。
彼は腕自慢の剣士ではあるが決して傲慢ではなく、主君やその周囲の人物に敬意を払うだけの礼節や社会性も備えている。
主を守れなかったことを悔やみ、一人たそがれる程度には繊細だが、それで歩みを止めてしまうほど青くもない。年齢的にも少年時代はとっくに終えているが、まだ中年には達していない印象だ。
様々なことを想定し、知恵を巡らせるだけの頭脳と、自ら危険に飛び込む無謀さの両方を持っている。
「要するに……普通?」
「そう思う」
ヒストリカの感想に私は同意した。バランスがいいとも言えるし、極端な個性に傾いていない分、地味とも言える。
そういう人物が脇役に堕することなく英雄の一人として輝きを放つとしたら、その物語は独特の色彩を帯びるのではないだろうか? 普通とは、普く通ずることを言う。
「というわけで、とりあえず一票入れてきた」
「ン……忠義に篤い、いい人だってことは、なんとなくわかった」
まだ床に突っ伏したまま首だけこちらに向けてヒストリカは頷いた。
「他に情報は?」
「そうだな……」
正直、ファルパパ神の制約があったせいで、大した情報は得られなかったのだが……私は投票券代わりの、クッキーの材料を渡した時のことを思い出しながら腕を組んだ。
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「……焼飯は得意そうだったぞ」
何故クッキーを作らないのか。それは誰にもわからない。
「その情報、いらないな……」
白けた声でヒストリカは呟いた。
リンジャの塔に、気の抜けた風が吹きぬけた。