
ヒストリカ博士はごくりと唾を飲み込んだ。資料を握る手が震える。
生命の創造は、もとより神の領域だ。魔法生物を生み出す錬金術師達は、それを模倣する学徒である。
模倣が模倣に留まっている間はいい。母なる存在に追いつこうと健気に努力する子供たちの姿は微笑ましく、神もそれを愛した。蜜月である。
だがある時、彼らが一足飛びに階段を飛び越えて、神の領域に侵犯したならば。
「……人型の魔法生物。そういうものを造る錬金術師がいたということか……?」
「少なくともこの日誌の主は、それを疑っていたらしい」
「フーム……神をも畏れぬ所業だな」
ヒストリカ女史は腕を組んだ。
「まあ、魔法生物でもいいから友達が欲しいって思ったことはあるけどな」
「ワラタロー改つくる時も異様に熱がこもってたしね」
クロニコ少年は棚の藁人形をつつく。

人形を友達と呼ぶぐらいならまだ変人で済むが、その人形が意志を持ち人間のようにふるまうとしたらこれは問題だ。
日誌によれば、当時、指針監督官なる役職にいた人物がこう言ったそうだ。人型魔法生物など、術者のエゴにより作られた奴隷人形に過ぎない、と。
小憎らしい言い回しだが……否定できるだろうか?
「ジスカルド。君の意見は?」
私はロボットに水を向けた。金属の身体の内側で陽電子脳が回転を始めた。
「その錬金術師が合理的な人物であれば、何の問題も発生しないでしょう」
「ほう……?」
「単純なことです。術者の欲求の通りにその人型生物を使用し、不要となったら……」
「処分すればいい、か」
「はい」
まさに奴婢にも劣る。人の形をした、ただの道具だ。
魔法生物は錬金術師が造る便利な道具。何も間違ってはいない。
「だがなジスカルド。私の意見を言わせてもらえば、人が合理的な生き物に進化するにはあと5000年あっても足りんぞ」
「はい、ミラージュ」
日誌の主は言ったのだ。機械的な魔法生物ですら処分する時は胸が痛むと。
「……ですから、本当に人型の魔法生物が造られていたら、何らかのトラブルが発生しているはずなのです」
「フム」
「成程、そういう方面から調べていくのもいいかもしれないな」
ヒストリカは研究者らしく頷いた。
トラブル……事件。あるいは、悲劇か。
罪の子。禁忌の術により生まれた人間は、どんな生涯を送ったのだろう。自分の都合で命を与え、自分好みにデザインした存在に抱く感情を愛と呼ぶなら、それは究極のエゴかもしれない。
業深き錬金術師は、そのカルマとどう向き合ったのか。
5000年の昔、錬金術の王国に紡がれた物語を思い、瞳を閉じる……

「……いや、待てよ?」
私は全く別の視点に気づき、顔を上げた。
「ジスカルド。一つ聞きたいんだが魔法生物の寿命というのは、どれくらいなんだ?」
「一概には言えません。ごく短期間で活動を停止するものもありますし、適切なメンテナンスさえ施せば半永久的に稼働するものもあります」
「と、いうことは……その人型生物。まだ生きている可能性もあるわけだ」
我ながら突飛な発想である。ううむ、とヒストリカも唸った。
「案外、異次元的な発想をする奴なんだな、キミは」
「褒め言葉と受け取っておこう、博士」
私は恭しく一礼した。
……と、その拍子に、小さな鉢植えが目に入った。ヒストリカの私物だろうか。古代の塔に場違いなほど晴れやかな花がそこに踊っていた。
「これは?」
妙に気になって、私は尋ねてみた。
「ああ、この花か」
不意にヒストリカは顔を赤らめた。
「えっと、ニコちゃん、って呼んでたかな。私のフれ……フレンド……が、だな。こ、この間のクイーンのお祝いに送ってくれたんだ。たくさん咲いたから、って」
「ふうん。不思議と目の離せない感じがする花だな……」
「君もそう思うか! なんだか見られてるような気もするんだよな」
「今の話に、何か思うところでもあるんじゃあないか?」
冗談を言って、私は笑ってみせた。
鉢植えの"ニコちゃん"が、つられて笑ったように見えた。
……風が吹き、花が揺れただけだった。