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獣魔が無造作に爪を振り下ろす。私は辛うじて剣で払い、それを受け流した。腕が痺れ脚がもつれる。まともに喰らえば、命は無かっただろう。
感情のない瞳が私を睨みつける。一瞬、身をかがめ、毒々しい紫色の四肢に力を籠めると、血のような赤黒い毛皮が逆立った。そしてそれが一気に伸縮した時、獣魔の肉体は紫色の風となって私の前から消えた。彼の行方を知ったのは、低い悲鳴と共に仲間の一人が倒れた後だった。
倒れた仲間に慌てて駆け寄った僧侶を、獣牙一閃、返す刀で切って落とす。どさりという重い音。一瞬にして二人が仕留められた。戦慄が私の背筋を走る。
これが獣魔ローガスト。魔祖の血族と呼ばれる魔物の片割れだ。
私は世界樹の葉をかざし、倒れた二人を救出する。そこに立ちふさがったのはもう一体の血族、冥骸魔レギルラッゾの影だった。
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棘だらけの甲殻をまとった大柄な人影。その顔に皮膚はなく胸板に肉も無い。赤い角を生やした巨大な骸骨。それが彼だ。頭蓋骨の隙間から洩れる呪詛の言葉がコトダマとなり、破壊の魔力が地を覆う。
私は蘇生の一瞬後、急いでその場を離れた。ややあって、地面が爆ぜる。巻き込まれれば、ひとたまりもない……
と、その時、私は獣魔の姿を見失っていることに気づいた。奴はどこに!?
背中に何かが触れた。背筋が凍り、次に熱が襲った。身体が痙攣し、地面が迫る。全身に衝撃。痛みは最後にやってきた。
呪術を逃れた先は獣魔のテリトリー。理不尽なまでに見事な連携だった。倒れ、動けなくなった私は辛うじて顔を上げた。
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誰かと目が合った。動かない。じっと私を見つめている。死神が迎えに来たのだろうか? それにしては綺麗な顔をしている。朦朧とした意識の中で、私はそんなことを考えた。
しばらく無言で立ち尽くした後、その美女は何事かを呟き、指先から光を放った。それが私に触れると痛みが引き、身体が自由を取り戻す。
立ち上がる。目の前の影を確認する。やや童顔だが整った容姿。我々ウェディとよく似た青白い肌。背中には蝶の羽根。青いローブに身を包み、特徴的な緑色の髪を金のティアラでまとめている。
そしてその腰から下は、霧がかかったにおぼろだった。
彼女の名はカカロン。天地雷鳴士が使役する幻魔の一種である。癒しの力を司る。
おぼろげに揺れる、しかし頼もしい姿に私は胸をなでおろす。私が天地雷鳴士を雇った理由の半分以上は彼女の存在にあった。
いかに強大な魔物であろうと、幻魔に手を出すことはできない。死なない蘇生役。我々の生命線だ。
天地雷鳴士自身も、貴重な攻撃役となってくれる。自然を操る彼らの法力は呪文と違い、時間をかけて体内魔力を覚醒させる必要もない。蘇生を受けた次の瞬間から、常に全力で放つことができる。
闘戦記において天地雷鳴士が戦いの主軸となっているのは、こうした理由によるものである。
私にとっては頼もしい仲間だが、酒場で雇った天地雷鳴士は一つ、困った性質を持っている。
それは魔法力が少し減った程度で、ひたすらマホトラを使いたがるという、奇妙な癖である。
私が彼らに出した命令は"命を大事に"であって、魔力を大事に、と言ったつもりはないのだが……
「魔法力こそ我が命!」
エルトナ大陸の陰陽を司る退魔師は肩をそびやかして言い放つのだった。
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幸い、私は魔法戦士。魔法力の管理はお手の物だ。
こまめに供給して、彼らには攻撃に専念してもらうとしよう。