戦いは続く。
敵の猛攻は止まる気配を見せない。私は常に道具袋に手を突っ込み、いつでも世界樹の葉を振りまけるように準備している。とにかく、一瞬で戦線が壊滅しかねない戦いなのだ。
カカロンがいようとも安心はできない。何故なら彼女は気紛れな精霊の類。その行動は予測不能なのだ。
つい先ほども目の前に倒れた仲間がいるというのに、それを無視して獣魔の横っ面に平手打ちを叩きつけた。はたかれた獣魔の方が首をかしげる始末である。
「カカロン、今、何を……」
「ん~、そうねえ。カカロンは今、直接攻撃の気分」
……この奇行癖がある限り、私の気が休まることは無い。
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慌てて私が倒れた仲間に駆け寄るが、冥骸魔に阻まれる。棘付きの甲殻シールドを自ら引きはがし、大きく振りかぶる。投擲の構え! 直撃すれば私が5~6回倒れてもお釣りがくる威力だ。冷や汗と共に慌てて射線から離れる。それは同時に、倒れた仲間から離れることをも意味していた。
そうこうしている内に召喚術のタイム・リミットが訪れる。轟音を上げて射出された甲殻の軌跡と、倒れた仲間を交互に見つめながら、カカロンは無表情に消えていった。幻魔の辞書に残業の二字は無いのか?
たちまちパーティは壊滅の危機に陥る。再召喚を行おうにも、今、倒れているのが天地雷鳴士その人なのだ!
焦燥……! 私は一直線に倒れた天地雷鳴士の元に駆け寄った。……一直線に!
……あまりに迂闊な行動だった。
私と仲間を結ぶ直線上。そこは獣魔のテリトリーだった。
狂おしく身をよじりながら四方八方に飛び回る紫の風に、私の身体はズタズタに引き裂かれた。痛みすら麻痺し、何も感じない。もはや動けない!
だが倒れる瞬間、私は見ていた。天地雷鳴士が私と入れ替わるように立ち上がるのを。青い光に包まれるのを。
その光はすぐさま私をも包んだ。見慣れた神聖呪文の輝き。僧侶の蘇生呪文だ。やがて天地雷鳴士が早口に契約の呪文を唱え、カカロンを呼び戻す。戦線は再生した。
やはりこういう時、安定して働いてくれるのが僧侶という存在である。雇っておいて正解だった。
とはいえ、彼らにも一種の悪癖がある。
それは……
「味方が倒された! 蘇生を頼む!」
「そんなことより、ホイミ!!」
……回復を重視しすぎることだ。
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普段から、倒れた仲間を無視してかすり傷を治そうとする彼らの習性には悩まされたものだが、今回は特にそれが問題となる。
何しろ体力が万全であっても、一撃で倒されるのだから。いっそ回復など一切行わず、蘇生だけに専念してもらいたいくらいだ。
回復魔法の使用を控えさせる必要がある。私は変則的な指示を飛ばした。私への補助を最優先せよ、という指示だ。一見すると無意味に見えるが、倒れている者がいればさすがに補助よりも蘇生を優先してくれるだろう。回復は、私の体力が危ない時にだけ行うようになる。当面のところ、これで凌ぐしかない。
戦線を維持するため、私を含めた3人と幻魔が必死で動く。では、誰が攻撃役を担うのか。
それは最初から決まっていた。
紫の風に、交差するように絡みつくもう一つの風がある。
真紅のたてがみ。黄色い毛皮に黒い斑点模様。風を撫でる細い尾。しなやかな四肢。獰猛な爪と牙。そして、意外に愛嬌のある白目がちな瞳。
この闘戦記において、冒険者達を差し置いて主役を演じることとなった"地獄の殺し屋"。
キラーパンサーのアラモである。