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風が形を成したかと思うと、キラーパンサーは大きく顎を開き、空をかみ砕いた。風斬り音が響く。空振りか? 否!
牙が火花を散らし、それが爆発的に広がっていく。火花は稲光となり、獣魔を貫く。赤黒の毛皮から焦げ臭いにおいが漂った。隣にいた骸魔もただでは済まない。甲冑のように組み替えられた骨の節々が震える。
召雷の術。キラーパンサーはただの獣ではない。内に秘めた魔術的資質は、並の魔法使い以上だろう。
怒り狂った骸魔が力任せに拳を叩きつける。アラモはそれに耐えられない。あっさりと地を舐める。耐久力の低さは彼らの弱点だ。
だが、どんな体力自慢でも一撃で叩き伏せられるこの戦いにおいて、それは弱点の内に入らない。カカロンがすぐさま蘇生にかかる。跳ね起きたキラーパンサーは即座に臨戦態勢を整え、素早く稲妻を放った。
日に千里を駆ける俊足。魔物特有の迷いのない行動。蘇生から攻撃再開まで、全くタイムラグを感じさせない。
魔性の稲光が断続的に聖廟を染め、魔祖の血を灼き飛ばす。地獄の殺し屋。その異名は伊達ではないのだ。
獣魔が血の色をしたたてがみを逆立てると、キラーパンサーは姿勢を低くし、真紅の尾を振り上げて威嚇する。一瞬の静止の後、二匹の獣は再び風になった。紫紺の風と黄色の風が混ざり合い、血のような、炎のような赤がそれを彩る。地獄の殺し屋は伝説の魔獣を前に、一歩も引かず渡り合っていた。
「さすがはシャレードの相棒、か」
私は独りごちた。
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アラモは、私の個人的な友人……仮にシャレードと呼ぶ……からの預かりものである。シャレードは名うての冒険者で、今まで数々の冒険を潜り抜けてきた。
その彼が相棒と呼ぶキラーパンサーを私に預けたのは、どうしても一人で行かねばならない仕事があるから、だそうだ。詳しい話は聞いていない。
彼は私が闘戦記に挑んでいることを知ると、喜んでアラモの参戦を許可してくれた。その戦果は、見ての通り。彼がいる限り、火力不足に悩まされることは無いだろう。
私は敵から少し距離を取り、蘇生を第一に考えながら、魔力の供給に努める。隙あらばフォースブレイクで攻撃を補助。自ら剣を振るうのは、その後だ。
圧倒的な魔力を誇る魔祖の血族といえど、その力は無限ではない。天地雷鳴士とキラーパンサーが天から地から、稲光をほとばしらせ、少しずつ体力を奪っていく。
苛立った獣魔が大技の構えを見せる。風が足を止め、漆黒の妖気がその足元に集まっていく。
かつて"災厄の王"が得意とし、冒険者達を大いに苦しめた魔蝕の技だ。
仲間たちが退避する。そして私は……その場で剣に力を込め、宙に舞った。
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闇が地を駆ける。暗雲が爆発し、混沌の魔力が私の身体を襲う。
……そして、素通りする。
交差するように剣を振るうと、ギガブレイクの雷光が敵を焼き払う。大技に対するまさかのカウンターに、獣魔が呻きを上げた。
この時の為に装備を整え、闇の力への抵抗力を高めておいたのだ。100%とはいかないが、98%。これに"打たれ名人の宝珠"と、あらゆるダメージを軽減するフォースの奥義を重ねることで疑似的な完全耐性を得る。
冥骸魔が漏らす呪詛のコトダマが、虚空より闇の流星を呼ぶ。これもまた闇の力。私は仲間から離れ、一人でこれを受ける。無傷!
敵が大技を使い始めたことで戦況は好転した。この時を待っていたのだ!
フォースブレイクを放ち、一気呵成。私も攻撃に参加する……
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……それは、油断だったのだろう。
剣を天に掲げた瞬間、私は見た。巨大な骸骨が地を踏み鳴らすのを。
胸に、灼熱の矢が突き刺さった気分だ。
剣を引き戻す。足に力を込める。だが、遅かった。
大きく飛び跳ね、地を揺らす冥骸魔の大技、冒険者たちは獄門クラッシュの名で呼んでいる。
私はそれをまともに喰らった。そして仲間たちも。
酒場の冒険者達はこの手の攻撃に弱い。それはわかっていたはずだ! 何故油断したのか……!
辛うじて踏みとどまった一人とカカロンを残し、我々は壊滅状態に陥った。
祈る気持ちでカカロンを見上げる。
だが、彼女は無情にも空に消えていった。タイムリミット!
残る一人も獣の牙にかかり、我々は一瞬で全滅した。
私が次に見たのは、溜息をつくユリエル少年の顔だった。