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「惜しい戦いでしたね」
少年は不可思議な術で我々を魔空から引き上げ、救出する。
「勇み足だよ。自滅だ」
私は力なく首を振った。
体力が半減した冥骸魔からは、一瞬たりとも目を離してはいけない。自分が動くのは、敵の動きを見極めてから。
……基本中の基本だ。
わかっていただろうに……!
戦巧者の友人たちと共闘する内に、知らず知らずに私は甘えていたのだろうか。一人ぐらいは避けきれなくても、全滅することは無いと……
ここでは私が避けられなければ、それで終わりなのだ。
「しかし敵の体力を半分まで削れたなら、勝てない戦ではありませんよ」
ユリエルの言葉に応え、キラーパンサーが高く吠える。
修正点は明確。ならば迷う必要は無し。
再戦だ!
私は再び剣を握り……ふと気づく。
獣魔を相手取ることを考えて、魔獣に有効な天恵石のつるぎを使っていた私だが、この効果はギガブレイクのような技には乗らない。
ならばむしろ、武器も守りを重視して選ぶべきなのでは……。
……セイクリッドソードに持ち変える。加護の魔力が込められた一振り。こんなところにも修正点はあった。
冷静になってみれば、気づくことは色々とあるものである。
改めて魔水晶に触れ、戦いに赴く。試行錯誤。これまでと同じことだ。
景色が歪み、それが戻ると私は再び戦場に立っていた。
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戦術の基本は変わらない。パーティの維持に気を配りつつ、隙を見ての攻撃。
少なくとも光明は見えた。ならば多少の散財も許容して戦える。
天地雷鳴士が使う風斬りの舞にマダンテを合わせ、エルフの飲み薬も使う。アラモが身に着けたエムブレムも、私の魔力を増大させることに特化させた。パーティのみならず、自分の魔法力も常に維持し、魔力覚醒に合わせて攻撃手段に変える。ベルトや盾の技能も魔法力と光の力を高めることに特化させた。
稲光と爆光が飛び交い、カカロンが気ままにマヒャドを放つ。
そして冥骸魔が大技を使い始める。私は帽子をかぶり直し、精神を整えた。
ピリリと神経をとがらせ、視野を広く持つ。ここからが正念場だ。
蘇生、攻撃、魔力補給、その全てを一手遅らせ、冥骸魔の動きに注目する。奴が動きを止めたなら、獄門に備える。
骨の脚が地面を踏み鳴らす。今だ! 私は地を蹴り、衝撃から逃れる。仲間たちは避けられない。皆、倒れた。
改めて背筋の凍る大技である。私が避けられなければ即、全滅していたところだ。
すぐさま世界樹の葉を取り出す。一人、二人……そこで獣魔が私に目をつけ、爪を振り下ろす。だが蘇生した仲間たちは難を逃れた。彼らが時間を稼ぐうち、カカロンが気分を変えて蘇生呪文を唱えてくれるのを祈る。
極論、私のやるべきことは全滅の阻止。それだけでいい。全滅さえしなければ、カカロンがいるのだから。
だが、それでも危機は訪れる。例の定時退社だ!
天地雷鳴士が獣魔の双爪に倒れ、巨骨の殴打が私の意識を奪う。パーティは半壊。幻魔の少女はそれをじっくりと眺めた上で、ぺこりと頭を下げて帰宅した。帰巣本能と判断力が鳥に近い。
あわやという場面を救ったのは、僧侶が歌う聖女の詩だった。讃美歌が魔空を貫き、清浄な光が降り注ぐ。
その直後、紫色の風が僧侶を貫いた。歌い終えた僧侶は満足げな表情のまま地に伏せた。間一髪の場面だった。
危機はその後も続いた。もはやこれまで、と思ったことが少なくとも三度はある。
だがカカロンはようやく機嫌を直したのか、ここから神がかり的な働きを見せてくれた。
三人が倒れた状況でのヒーリングオーラが二度。そのうち一度は、立っているのがアラモだけという絶望的な状況からの再生劇だった。結局、戦局は彼女の気分次第か。
魔祖の血族達にも、もはや余力はない。一歩、脚を踏み出すたびに肉体が軋みを上げる。獣魔がやみくもに大技を放った。掌より一直線に放つ、魔力の渦。殺し屋はそれを大きく横に飛んで躱すと。地を蹴り、一気に間合いを詰めた。
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迫りくるキラーパンサーに、獣魔は一瞬、怯んだようだった。
地獄の殺し屋が風となる。魔祖が遅れて迎え撃つ。二つの風が混ざり合い、雷光が走る。
視界が真っ白に染まり、稲妻が過ぎ去る。甲高い音が響いた。
そして次の瞬間、片方の風が唐突に掻き消えた。
どさりと重い音が響く。ピクリと爪を動かすが、もはや風にはなれない。それは、獣魔の肉体が崩れ落ちる音だった。