「うーん、困ったわねえ」
上品な雰囲気を醸し出すマダムが苦笑を漏らしながらモノクルをかけ直した。周囲には若い女性が二人、男性も二人、ニワトリが一羽。
呪術的な文様と神秘的な水晶に飾られた"占いの館"は、プクリポの街、オルフェアの裏通りでひっそりと営業を続ける占い師たちの拠点である。空き倉庫を改装してこしらえた、急造の"館"だ。
この館の占い師たちは単に予知を操るだけでなく、それを使って人の心の悩みを解決することを生業としている。いわば占いの形をとったお悩み相談所といったところだが、私はそれが苦手であまりここには来ていない。
一方、エルトナ大陸の陰陽風水を司る天地雷鳴士と交流を深めたリルリラは、エルトナ伝統の風水占いに興味を持ち始め、本職の占い師に相談してみようとこの館を訪れた。そして……細かい経緯は省くが彼らの手伝いをすることとなり、先のシュリナの件を任された、というわけだ。
「そこそこ気分は晴れたみたいでしたよ」
リルリラはあっけらかんと報告する。だが館の主、マダム・マルグリットは首を振る。
「でもね、リルリラちゃん。悩みが根本的に解決してないでしょ。心に闇がある限り、また同じことが起きるわ」
「ンー……そうかも」
リルリラは頷き、しかし満面の笑みと共にぐっと拳を上げた。
「その時はまた行って愚痴聞いてあげますよ」
マルグリットは再び苦笑して額に手をあてる。
「それじゃ、イタチごっこだと思わない? 同じことの繰り返しよ。レッツ・ハートのレボリューション!私達占い師の魔力で、心の闇を払ってあげないと」
「ンー……」
エルフは顎に手を当てて少し悩むようなそぶりを見せ……そして、首をかしげた。
「ひょっとして、面倒くさがってます?」
さしもの温厚なマダムが表情を凍らせた。リルリラは気づかぬふりでぺらぺらと先を続ける。
「悩みなんて一発で解決するわけないですし、ゆっくり付き合うしかないですよ」
「……それがエルトナ流のやり方?」
「ンー……ワタシ流?」
気分を害したのか、マルグリットはただ一言、困ったわね、と言い残して部屋を出た。残された若い占い師達は顔を見合わせるのみだった。
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宿に戻るともう日は暮れていた。雑然とした裏通りから一転、ウェハースの壁にケーキの屋根、華やかなサーカスの看板。メルヘンチックな装飾に囲まれたオルフェアの表通りは月明かりの元で和やかな夜を迎える。
リルリラは窓辺に頬杖を突き、その風景をぼんやりと見つめていた。
「珍しいじゃないか。ああいうの」
私は声をかける。先のマダムとのやり合いだ。彼女はどちらかと言えば、相手のポリシーを軽く受け流すタイプである。
「別に」
そっけなくリルリラは返した。目を合わせようとせず、どこかスネたような態度。窓の外では星空がくすんだ光を鈍く放つ。私は肩をすくめた。
「……ま、私もあの占い師たちのやり方は好きじゃあないがな」
「別にいいよ、それは」
「なら、何でヘソを曲げてるんだ」
リルリラは気まずそうに口をとがらせると、また窓の外を覗き込んだ。そして、ぽつりと呟いた。
「シュリナさん、頑張ってるかな」
「ン……そうだろうな」
「夢に向かって、かぁ」
溜息が窓を濡らした。そして水滴に濡れたガラスがリルリラの顔を映した時、私は彼女が何を言いたいのか、理解した。
「私ね、ちょっと嫌だった」
窓に映ったリルリラの唇から、か細い声が漏れた。
「夢がかなわない人なんて、いっぱいいるでしょ」
リルリラは窓を見つめる。メルヘンチックなオルフェアの夜景。だが、この世は夢の国ではない。
幼いころ、リルリラは旅芸人に憧れていた。玉乗り、軽業、ジャグリング……華やかな芸を披露しながら世界を巡るのが夢だった。
だが彼女の血筋、エルトナ王家に仕える神官の家系がそれを許さなかった。
「夢が叶わないから不幸だなんて言ったら、みんなが不幸になっちゃう。そんなの、やだな」
月が滲んだ。
私はそっと彼女の頭を撫でてやった。
重いものが、私の胸に押し当てられた。
星が一粒、こぼれ落ちた。