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黄昏の空を赤く染めて、黄金の太陽が水平線の彼方に沈む。風が海を撫でると水面は赤銅のように輝く波をうねらせ、静かに、少しずつ、己自身を夜の色へと染め上げていく。
オーグリード大陸の最北端、黄昏岬の別名で呼ばれるロンダ岬はアストルティアを代表する絶景スポットである。極寒の空が夕映えに燃え、やがて海をも染めていく光景はまさに圧巻と言える。
こんな景色を眺めながら日々を過ごせたらさぞ幸せだろうと思うが……
この地の住民はそうは思わなかったらしい。少なくとも、力任せに踏み砕かれた社の残骸を見る限りは。
荒々しく残された爪痕を夕陽が赤く染めていく。荘厳な夕映えにやや影が差し、爪痕から赤黒く血が流れるかのようだった。
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私の名はミラージュ。ヴェリナードに仕える魔法戦士の一人である。
今回の私の任務は、この地に封印されていた悪鬼、ゾンガロンの行方と再封印の手段を探ることである。
ゾンガロンの名は、約1300年前、オーグリード大陸を恐怖のどん底に陥れた魔獣として伝えられている。歴史の闇より蘇った悪鬼と、我々は対峙しなければならないわけだ。
異国人の私は通り一遍の歴史しか知らないが、幸いなことに今の私には知恵袋がついている。
「ランガーオ村の成り立ち、そして使命はこの悪鬼と共にあるのです」
と、語るのはランガーオ村王クリフゲーン氏の側近、ギュラン氏。オーガらしく大柄な肉体を学者の衣に包み、書物を片手に封印の社を見つめる彼は、武道の村ランガーオにおいて珍しく学問の道を志す人物である。
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彼は武芸一辺倒の村に学校を作ろうと奮闘しており、他国文化の吸収にも積極的な性格だ。その関係で私とも知り合った。竜族の侵攻など予想外のトラブルが続き、いまだ目途は立っていないようだが、蓄えた知識は大きな助けとなる。
ギュラン氏によれば、1300年前、悪鬼ゾンガロンを調伏した戦士達の拠点こそがランガーオ村の起源なのだそうだ。ランガーオの村人たちは言わば全員が封印の護り手であり、ゾンガロンの監視者でもあるのだ。
だが、長い年月の間に封印の秘術は失伝して久しい。何者かの手によって封印が破られた今、まずは過去の文書を探るところから始めなければならなかった。
その一方で、自由を取り戻したゾンガロンの行方も追わねばならないし、防備も固めねばならない。やることは盛りだくさんだ。
「盾の盟約が発動しましたので、防備の方は大丈夫だと思いますが……」
ギュランはそれでも不安を隠せない様子だった。
盾の盟約とは、ランガーオとグレンの間に交わされた盟約で、ゾンガロンとの戦いにおける両者の全面的な協力を約束したものである。グレンのバグド王はこれを受け、全兵士を各地の防御に回すと同時にヴェリナードにも援軍を要請した。
かくして魔法戦士団が動き出し、その一員として私も派遣されてきたというわけである。
各拠点の守備をグレン兵が固め、ゾンガロンの行方を魔法戦士団が追う。そして学者たちは封印の方法を探る。
噂によればさらなる別働隊として、グレン王の信頼する人物が秘密裏に活動を開始したとのことだが……ま、あてにしない方がいいだろう。
ロンダ岬とその周辺に残された痕跡から、悪鬼がグレン地方に向かって南下したことを確認した私は数名の従者と共に追跡を開始した。
ギュランは村王の側近としてランガーオを取りまとめなければならない。ここでお別れとなった。
だが、氏は地理にも歴史にも不案内な私の旅を心配し、もう一つの知恵袋を同行させてくれた。
ランガーオの歴史を調べていたギュランが、研究のさなか、知り合った男だ。考古学者を自称している。
銀色の髪と青く鋭い瞳を持つその男は、不敵な表情を浮かべてこちらを一瞥した。オーガらしい無骨な雰囲気だが、どこか貴族的な優雅さを感じるのが不思議だった。
もっとも、彼の言葉が正しければ、それも当然だろう。
貴族……否、王族の血を引いているのだから。
ぶっきらぼうに差し出された手を握ると、オーガらしい力強い握力が伝わってきた。
考古学者エリガン。古代オルセコ王国の血を引く男である。