
天に太陽、地に荒野。
大地を彩るべき木々は、枯れた枝を空しく風に晒す。
瑞々しく生い茂るのは獰猛な棘に守られたビッグサボテンのみ。
雪深いランガーオから一転、茶一色の殺風景な大地が広がるグレン地方。
ゾンガロンの足跡を追い、我々はこの荒野へとたどり着いた。
エリガンの解説によれば、1300年前、この地域はゾンガロンにより壊滅的な打撃を受けたのだそうだ。
覇を競い合っていた小国の殆どは、かの悪鬼により滅ぼされ、その後の歴史に大きな影響を与えたという。
「もし、ゾンガロンの襲撃が無ければ…例えば、西にはペゴン国が未だ栄えていたのかもな」
エリガンは岩山の向こうを仰ぐ。ペゴン渓谷だ。私も一度訪れたことがあるが、もはや文明の名残は消え失せ、人工物といえば変わり者の老人が住む掘っ建て小屋一つと、彼が作ったのであろう粗末な柵ぐらいのものだった。
改めて重いものが胸にのしかかる。我々が追う敵は、歴史の分岐点となった怪物なのだ。ただの犯罪者や魔獣とはわけが違う。荒野に吹く風が枯れ木を揺らすと、細い影が不安げに揺らめいた。
街道を南下する。グレン城下町までの道のりは長く、中継地点となるような集落も獅子門から先には殆どない。水も食料も手持ちのものが全て。当然、魔物も出る。
ランガーオから中央に出ようとする若者はまず、この過酷な長旅をこなさねばならないのだ。
「かつては、こうではなかったらしいが……」
エリガンが言う。1300年前の話だ。
当時のグレン地方は豊かな水と肥えた大地に恵まれた沃野だったのだそうだ。豊かなればこそ人が集まり、大地を巡って争った。群雄割拠の戦国時代だ。
だが長い戦乱と悪鬼の跳梁がこの地を焼き、偽りの太陽がとどめを刺した。今やグレン地方は荒野の代名詞だ。
まして今、頭上に浮かぶのは…
我々は見え始めたグレン城の、更に上空に浮かぶ異形の物体に、一様に顔をしかめた。
異形の"繭"。生まれいでし災厄は三度この地を焼くだろうか?
…否。そうさせないために我々もグレンも動いている。私は余計な不安を振り払った。まずは任務に集中すべきだ。
ゾンガロンの活動痕跡はそこかしこから見つかったが、グレンに近づくにつれてそれは減り、やがて見当たらなくなった。
グレンの軍事力を警戒して一旦、引き返したのか。それともグレンを素通りしてさらに南下したのか。ともあれ、ここまでの調査報告を行う必要がある。我々は吊り橋を渡り、グレン城へと入城した。

グレンは文字通りの意味で陸の孤島だ。深い谷に囲まれた岩山そのものがグレンの街であり、外界との通行は吊り橋と大陸間鉄道のみ。街そのものが巨大な掘に囲まれているとも言える、天然の要塞である。かつての戦国時代においても、この地形が大いに役立ったのではないか。
もっとも、今のグレンが成立した経緯は判然としていない。ゾンガロンの時代、小国として覇を競い合っていた勢力の一つがのちに周囲を併呑し、大国になったのではないかと漠然と考えられている。
だが私とエリガンは、ある仮説に辿り着いていた。
ヒントは"盾の盟約"だ。
盾の盟約は対ゾンガロン法とでもいうべき条約で、かの悪鬼の監視と封印について、ランガーオ・グレンの全面的な協力を約束したものである。
ランガーオの村人達はかつてゾンガロンと戦った勇士達の子孫だというから、この盟約に参加しているのも頷ける。
だが何故、もう一方の盟主がグレンなのか。
エリガンの研究のよれば当時、対ゾンガロン戦の中心となったのはオルセコ王国で、グレン王国は成立すらしていなかったはずなのだ。
ここが仮説の肝である。
「ある時期、オルセコ王家は後継者争いから外れた王子達を各地に送り出し、自らの国を残すよう命じたと伝えられている」
つまり、各地に旅立った王子のうち一人がこの地に辿り着き、ランガーオと連携して勢力を築き上げた。それがグレン王国の始まりなのではないか。だとすれば盾の盟約がこの地に残されていることも説明がつく。
「滅びたはずのオルセコの系譜が、実はグレン王国として残っていたとしたら……面白いとは思わないか?」
エリガンは無骨な瞳に、子供のように純粋な光が宿るのを私は見た。もっとも、私の瞳も似たようなものだろう。
「任務中だ」
私はしいて感情を抑え自分を戒めた。エリガンにはお見通しだったに違いない。押し殺した笑みが返ってきた。

我々はバグド王に謁見し、兵士長や他の魔法戦士団員と今後の方針を話し合った。
結果、グレン周囲の警戒は他の者に任せ、我々はさらに南下、ゾンガロンがオーグリード南部に進出したか否かを調査することとなった。
往く手は霊峰ランドン。
南北オーグリードを隔てる天嶮である。