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ランドン山脈を超え、ザマ峠を北上するとそこはガートラント領。ランドンの雪解け水が川となり、平野を潤す。
雨雲をランドンの巨峰に遮られ、乾いた風にさらされる北部オーグリードにおいて、この水がもたらす恵みの価値は計り知れない。
かつてこの水源をめぐって勢力争いが繰り広げられていたという。1300年前の話だ。ランドンが生み出す自然はオーガたちの勢力図となり、歴史となったのだ。
そしてまたランドンの険しさが南北オーグリードを分裂させ、文化的な断絶にもつながった。
地政学とでもいうのか。ランドンは正にオーグリードを支配する霊峰なのである。
……以上、エリガン先生の受け売りだ。
そのランドンに住まう神秘的な"仙女"との会見以降、考古学者エリガンは口数が減り、考え込むことが多くなった。
浮世離れした仙女殿の言葉を私は半分も理解できなかったが、彼にとって何か重要な意味を持つ言葉だったらしい。
オーグリードを支配する霊峰は、一人の考古学者の運命をも左右するのか……? 広げた地図の上で、大山脈は何も語らずただ悠然と佇んでいた。
使い込んだ地図は旅そのものの縮図である。いくつもの印が刻まれた羊皮紙は、我々が南北オーグリードをほぼ縦断したことを告げていた。
ランドン以降、ゾンガロンの影はなく、やはりグレン以南に潜伏している可能性が高そうだ。我々はグレンに向けて早馬を走らせつつ、王都まで北上した。
ガートラント城のスピンドル兵士長は我々の報告をやや億劫そうな表情のまま聞き流し、副官に後処理を任せて退出した。拍子抜けする反応だが、ランドン以北にはこれといった被害も無く、実感がわかないのだろう。歴史的にも、ガートラントはゾンガロンと縁がない。
今のガートラントは約500年前、偽りの太陽が過ぎ去った時代にラダ・ガートが建国したものである。
ゾンガロンの時代には鬼神の大岩と呼ばれる禍々しい巨岩がガートラントにあたる場所に鎮座していたという。鬼の角を思わせるガートラント城の造形がその名残だろうか。
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ラダ・ガートの時代にはオルセコを初めとする北部勢力はすでに滅びており、ランドン以北には街らしい街もなかったというから、オーグリード北部に文明を復活させたラダ・ガートの功績が伝説になるのも無理はない。
もっとも、払った犠牲も大きく、かの地に封じられていた魔神の後始末を現代の冒険者が押し付けられている状況である。
私も何度苦杯を舐めたか……
いずれは完全勝利を目指したいところだが、今はゾンガロン対策に専念するとしよう。
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さて、ガートラント到達により、我々の探索は一応の目的を達成したことになる。ゾンガロンは南部オーグリードに留まっている。南部に戦力を集中せよ。我々は見解をまとめ、グレン・ガートラント両国に提出した後、最後の探索として、オルセコまで足を延ばすこととした。
1300年前、ゾンガロンと戦ったオルセコ王国は滅びて久しいが、その遺跡には何か役に立つものが残されているかもしれない。特にエリガンが強くそう主張した。
複雑な地形を描くガートラントの山岳地帯を抜け、オルセコ高地へ。
風はいよいよ乾き、ランドン川の涼やかなせせらぎも遠く背後に離れていった。