古代オルセコ闘技場にて。我々はエリガンの背中越しに古文書を覗き込んでいた。
もっとも、覗き込んだところで我々には解読不能なのだが……気分の問題である。
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エリガンの語る古代オルセコの物語は興味深く、波乱に満ちていた。
屈強だが粗暴な第一王子と、病弱だが心優しい第二王子。兄が強引な政策で不評を集め、その尻拭いをする弟が人望を集める。一見すると典型的な愚兄賢弟に見えるが……
「この第二王子のやり方にも、問題があるな」
私は腕を組んだ。
彼のような立場にある者が絶対に行ってはいけないことが一つある。人気取りだ。第一王子より人望のある第二王子など、国を乱す以外の役には立たない。
だから、彼は地味に、慎ましく生きていかなければならなかった。まるで自分の方が兄であるかのように第一王子の失敗をあからさまにフォローし、世話を焼くなどあってはならない。そういうことは、影でこっそりと行うものだ。
「この記録を残した大臣とやらも、相当苦労したんじゃあないか?」
「どうだろうな……ゾンガロンや鬼人国との戦いで、派閥争いどころじゃあなかったと思うが」
エリガンは記録を読み進め、やがてゾンガロンとの決戦とについての記述まで辿り着いた。
悪鬼の封印、払われた犠牲、そしてオーガ誕生の秘密。……それは眩暈すら覚えるほどの、壮大な神話だった。
さすがのエリガンも古文書を持つ手が震えている。私も似たようなものだ。
オーガ誕生の秘密が本当だとすれば、もしや我々ウェディや、他の種族も……?
ふと思い出したのは、とあるエルフの物語だ。
不死を得る代わりに異形の怪物と化した男……もしや、不死の術とは5種族を元の姿へと戻す秘術だったのでは……?
魔法戦士として様々な事件に関わっていれば、魔瘴に囚われ、魔物化した犠牲者の話も珍しくない。それも、ひょっとすると……?
エリガンも、何事か考え込んでいる様子だった。神妙な光が瞳に宿る。
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「…………」
……と、呼びかけの声にこたえ、エリガンが振り返った。
声をかけたのは、私ではない。
それはこの地を探索しにやってきた若い冒険者だった。
エリガンが身分を明かすと、あちらも同様に名を名乗った。驚いたことにその冒険者も、グレン王からの依頼により探索を行っているのだという。
私は以前、グレン王が秘密裏に冒険者を雇い、特殊任務を遂行させているという噂を耳にしたことを思い出した。どうやら、この人物がそうらしい。
我々は情報を提供し合い、エリガンは調べ上げた事実を冒険者に語り聞かせた。
冒険者はエリガンが語る古代の物語を深く頷きながら聞いていた。相当、感情移入しているように見える。特に、払われた犠牲について語った時には奇妙なほど悲しげな表情を見せた。まるで友人の死を告げられたかのようである。
エリガンもまた祖先の無念を思い、目を伏せた。
その後もエリガンは冒険者と何か話し込んでいたようだった。
私は、といえば……奇妙なほど記憶があいまいである。
彼が冒険者と言葉を交わした時、どきりと胸を打つような鼓動が一瞬、弾けたのを覚えている。
彼らが何を話し、どんなやりとりをしたのか……もはや定かではない。同行した仲間たちに確認しても、私と同じようなことを言う。幻術にでもかけられた気分だ。
もっとも、それはその後に起きたことがあまりに衝撃的だったためかもしれない。
我々が遺跡を出ると、なだれ込むような蹄の音が響き渡った。早馬に乗った急使の声が聞こえてきたのはその後だ。
「グレンに急行せよ」
兵士は息を切らしながら叫んだ。
「敵襲だ!」