さて、最後に、私自身のその後についても記しておこう。
私は今回の騒動について報告書を作成するため、いま一度オルセコ闘技場へと赴き、細かい資料の確認を行った。これがなかなか骨である。大きな戦いがあったせいか、全員の記憶が微妙に曖昧なのだ。おかげで後調査によりその合間を埋めることになる。奇妙な作業である。
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守護像をつつきながら記録を取っていた私に誰かが声をかけた。
「誰かと思えば、ミラージュ、お前か」
「その声は……」
振り返ると、そこには長い旅を共にしてきた仲間の顔があった。
「久しぶりだな、エリガン。お前も来ていたのか」
考古学者のエリガンだ。がっしりとした体格に相応しい、無骨な顔が私を見下ろし、軽くうなずいた。
「まだ気になることがいくつかあってな」
「相変らず熱心なことだが……いつぞやは世話になったな」
私が改めて例を言うと、彼はそっぽをむいて肩をすくめた。
「別に礼を言われるほどのことじゃあないさ」
ぶっきらぼうに言い放つ。なれ合いは御免、とばかりに私と距離をおき、他の資料を調べ始めた。
彼は誠実な男だが、こういう性格のせいで聞き込みが上手くいかず、フィールドワークで苦労していたのを思い出す。相変らずのようだ。
改めて、あの旅を思い出す……
……だが、やはりどこか霞がかかったように記憶が曖昧だ。まあ、旅の記憶なんてそんなものかもしれないが……
眩暈。胸を打つ鼓動。
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「…………」
と、誰かに呼ばれた気がした。振り返ると、エリガンは私に背を向け、自分の研究に没頭していた。
首をかしげる。何かがおかしい。誰かの声が聞こえたのだ……
それはとても重要なことに思えた。あるいは……どうでもいいことに思えた。それがひどく不安だった。私は無言のまま何かを探した。何を……探している?
「どうかしたのか?」
立ち尽くす私を、さすがに心配そうにエリガンが見つめた。その顔を見た瞬間、私は先ほど聞こえた声が遠ざかっていくのを感じ、首を振った。
きっと気のせいだろう。その証拠に、その声がどんな声だったのかも、もう忘れてしまった。
エリガンが崩れかけた柱に手をかけると、古い時代の破片が足元へと舞い降りた。砂埃と紛れ、もう見えない。
「歴史とは、何だろうな?」
私は小さく呟いた。
「何だって?」
エリガンが怪訝な顔をした。私は再び首を振った。
「誰かがそんなことを言ってた気がする、だけさ」
時は流れる。先ごろ届いたアストルティア通信社の記事によれば、次の時代はもう目の前だ。
だが時はどちらへ流れる?
誰かが言った。今や時は、螺旋を描く潮流。全てはその一地点に過ぎない。
……時が未来に進むと、誰が決めたんだ?
悠久の時を見守る守護像は何も言わず、ただ虚空を見つめていた。