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石畳に雑踏。頭上にガタクタの山。丘の上の展望台が更にそれを見下ろし、雄大なるカルサドラ火山は三闘士と共にその全てを睥睨する。岳都ガタラは今日も火山灰と喧騒に包まれていた。
無政府主義を掲げるこの町にはありとあらゆるモノと人が集まってくる。物資、情報、人材に仕事、自由と平和、酷薄なる平等と、少々の悪徳。秩序以外はなんでもござれ。
一般には王立研究院でなければ手に負えないとされている反重力式ビークル、通称ドルボードの修理・改修も、実際のメッカはこのガタラであることは冒険者の間では常識だった。
なにしろ、研究院きってのエンジニアがこちらに移住してくるぐらいなのだから。
……そのエンジニアは私の目の前で放熱機構を注意深く点検し、静かに頷いた。
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「特に問題なし……ね。どこも悪くないわ」
ドルボードを私に差し出す。受け取りつつ私は首をかしげた。
「どうも、反応が悪いんだが……」
グリップを握る。固く冷たい感触が伝わってきた。
ことの発端は、現在アストルティアをにぎわせているドルボードレースグランプリ。読んで字の如くドルボードでスピードを競い合う催しだ。グレンを発し、街道に沿ってゲルト海峡を抜け、ザマ峠へ。一種の公道レースと言えるだろうか。
私も賞品につられて参加してみたのだが、結果は惨憺たるものだった。
冒険者の間では早くも最適な位置取り、ブーストダッシュのタイミングなど種々多様な情報が飛び交い始めたようだが……私の場合、それ以前の問題があった。
「……かからんのだ、ブーストが。故障じゃないのか?」
抗議する私を尻目に、エンジニアのメンメは無言でボードに飛び乗った。
ドワーフ族のメンメが乗るとウェディ用ドルボードはアンバランスなほど大きく、人形か何かが飾られているようにしか見えない。
ラジエータ安定作動、チャージ完了、オートラン開始。スティックを押し込む。すると……
推進剤を高速噴射! ドルボードはスピードを倍化し、猛然と直進する!
「……動くじゃない」
女研究員は大型ドルボードを器用にクイックターンし、私の前に戻ってきた。
「そう、普段は動くんだ」
私は頷いた。
「だが、いざという時……コーナーを超え、長い直線、ここでブーストしなければタイムが縮められん! という時に限って不発でな……」
悪戦苦闘し、ようやくブーストがかかった頃には次のカーブが目前に迫っている。あわててブースト・オフ。これでは規定時間に間に合うはずもなし。
思えば長く使い込んできた。そろそろ点検が必要かと思い、彼女の元を訪れたというわけだ。
「装置に異常は無いみたいだけど……」
「ドルボードの声とやらが聞こえるんだろう? ひとつ、本人に聞いてみてくれんか」
メンメの特技だ。技術者にしてはオカルトじみているが……今は藁にでもすがりたい。メンメはしぶしぶ機体に耳を当て……
「……聞こえないわ。だんまり」
すぐに首を振った。お手上げらしい。
……と、後ろから誰かが声を上げた。
「あたしは聞こえたよ!」
振り返れば、声の主はデコリー。メンメのエンジニア仲間だ。
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「本当か!」
「デコリー……?」
メンメが首をかしげる。カスタム屋の少女は得意げに胸を張った。
「ああ、そりゃあもう、鮮明に、ハッキリとね」
「有難い。それで、何と言ってるんだ」
デコリーは悪魔じみたにやにや笑いを顔に浮かべ、私を手招きした。怪訝に思いつつも歩み寄る。彼女はさらに手招きし、口元に手をあてた。耳打ちしようというのか……?
私は彼女の前に屈みこみ耳を傾けた。
デコリーは大きく息を吸い込み、指向性の音の波を私の耳に叩きつけた。
「ウデの悪さを機械のせいにするなーーーッ!!!」
耳の中をガチャコッコの群れが通り過ぎた様な衝撃が突き抜けた。一瞬、気を失ったのではないか。
くらくらとふらつく私の脚にどすりと拳を突きつけながらデコリーは咳払いする。
「……って言ってるよ。間違いない!」
「デコリー……」
メンメはたしなめるように相棒を見つめ、デコリーは悪戯っぽく舌を出す。ドルボードは小気味良く太陽の光を照り返し、ギラリと光った。
かくして、私は腕を磨くべく特訓を開始することとなった。
「右が、アクセル。左が、ブレーキ……」
「そこからニャ!?」
猫魔道のニャルベルトは呆れ顔で不器用な運転ぶりを見守るのだった。