今日も今日とて世界を駆け回る防衛軍。
その裏方として働く補給要員、記録員もまた同じである。
私は魔法戦士団より防衛軍に派遣された記録員M。
今回はプクランドにおける我々の活動を紹介しよう。
なお、隣のピアノは単なる演出で、特に意味は無い。アシカラズ。
プクランドと聞いて旅人が思い浮かべるのは、何だろう。
派手で奇抜な衣装。ピンクの壁、丸っこく整えられた街路樹。そして街をにぎわす雑なジョーク……
プクリポという種族そのものが、プクランドの土壌である。だから旅人は、のどかで賑やか、平和な旅を連想する。
実に嘆かわしいことである。
我々に言わせれば、プクランドほど危険な場所は無い。
別段、彼の地の魔物が特別強いわけではない。また治安が悪いわけでもない。
だがどういうわけか、プクランドで起きる事件は死傷者数が飛びぬけて多いのだ。
他の大陸ならば事なきを得るようなケースでも、容赦なく人死にが出る。ピナヘト神がよほど薄情なのか……
ともかく、彼の大陸では普段以上に気を張る必要があるのだ。
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「わかってくれただろうか?」
「ええ、勿論ですとも」
気の抜けた顔が私を見上げる。その頭部は、控えめに言って青いブロッコリーといったところか。
この男、防衛軍で補給を担当しているプクリポである。人呼んで、補給大臣P。
「いえ、私を呼ぶなら無職の星とお呼びください」
胸を張る。その眼差しは瓶底眼鏡に遮られて定かではない。
奇妙な男だが、こう見えて重要人物である。
プクランド南部を襲う魔軍撃退のため、防衛拠点として選ばれたのはチョッピの長城だった。
我々魔法戦士団は人員を派遣し、古びた長城を戦闘基地に作り替えていったのだが……
これに良い顔をしないのがメギストリス騎士団である。
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プクリポの顔はいまいちわからないが、これで良くない顔らしい。まあ、いかなプクリポと言えど他国の軍に自国の防衛を仕切られて愉快ではいられないだろう。
そこでP氏を名目上の責任者に仕立て上げ、バランスを取ろうということになったのだ。
「お任せください。無職の私がきっちり顔だけ提供しますよ」
平然とそう言ってのける彼は案外、大物かもしれなかった。
とはいえ、彼が名ばかりの無用者かといえばそうでもない。意外なことに……と言っては失礼にあたるが、彼は技術者としては優秀で、大砲の改造・補修はお手の物なのだ。
チョッピでの作戦は大砲の扱いが鍵を握っている。不発、誤爆は許されない。実際、重要人物だ。
「専門の技師になれるんじゃないか?」
「いえいえ、私は誇り高き無職ですから」
またも胸を張る。
そのうちオルフェアのビッグホルンも兵器転用してみたい、とのことだ。若干、マッドサイエンティストの気もありそうである。
一応、メギストリス側に代表として紹介する関係上、経歴も確認してみたのだが……ここで意外な事実が判明した。
「職歴ゼロ、まごうことなき無職です!」
「……それは知ってるが」
意外なのはそこではない。
職歴に反して学歴は……なんと、ドルワームのラミザ王子と同学である。言うまでもなく、名門中の名門だ。
「この学歴で何故、無職なんだ……」
「いえ、私は在学中から無職でしたから」
言葉の意味はともかく、凄い自信だ。防衛軍は野に埋もれた逸材を拾い上げたのか……?
ともあれ、大砲の設置は完了、防衛体制も整った。
後は戦闘のたびに破損する防壁や砲台の修復、補強が主な任務となる。
「……毎回、この壁は破損がヒドイですねえ」
P氏は眼鏡を傾ける。長城の壁だ。確かに毎回、魔物に食い荒らされている。
私は思い切って、常々抱いていた疑惑を打ち明けてみた。
「デザインが問題だとは思わんか?」
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私は壁に手を当てた。プクランド名物、板チョコの壁。端がとろりと溶けたところなど、芸が細かい。が……
この地を襲う魔物は虫型が中心である。
ついでに言えば、チョッピの長城はこれまで一度も突破されたことが無い。たとえ結界が破られても、敵は長城の壁をかじるだけかじって退散するからだ。
「そもそも奴らの狙いは進軍ではなく、この壁そのものなのでは……」
「だとしたら、街を守る防壁としての役割は果たせてますねえ」
「それがこの長城を建造した先人の知恵だとしたら、やはりプクリポは不思議な民族としか言いようがないな」
ちなみにオトリストーンも砂糖菓子だという噂が……いや、よそう。どの道、我々に真偽を確かめている暇はない。
今日もまた風が騒ぎ出す。遠くに竜巻が見えたなら、敵襲の兆しだ。
法螺貝が乾いた空気を波立てる。
チョコレートの壁めがけて、虫の群れが殺到する。
颯爽と迎え撃つ冒険者達を、我々は背後から見守るのだった。