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チョコレートと美の祭典。あるいは女たちの聖戦。今年もまたこの季節がやってきた。
アストルティアクイーン総選挙。祭神ファルパパの名のもとに、距離と時間と、その他さまざまなものを越えて集まった美女たちが覇を争う、おなじみの祭典だ。
人気投票を楽しむもよし、滅多に会えない顔ぶれとの写真撮影を楽しむもよし……チョコケーキの城壁に囲まれて、旅人たちは文字通り甘いひと時を過ごすわけだ。
だが今年は少々様子がおかしい。甘い香りに混ざって、なんとも怪しからん匂いが私の鼻孔ににじり寄る。
続けて「ぐがぁ~~っ!!」と、がなり声。クイーン候補にはおよそ似つかわしくないこの声の主が、今回の私の取材相手である。
私は現在、グランゼドーラのフィロソロス教授と共同して古代王国についての調査を行っている。
ファルパパ神の催す祭に時間という概念は無い。最近では1000年以上の時を超えた来訪者も珍しくないのだ。
チョコレート味の甘い誘惑に、全ての歴史学者が……仮に彼らが辛党でも……よだれを垂らすだろう。
もっとも、ファルパパ神は契約により、歴史に関わる発言を禁じている。この場所での取材は不可能というわけだ。
……理性が働く限りは。
「ああ~~、眠いのう……」
怪しからん水をまた一口、喉に注ぎ、少女は天井を見上げた。年よりじみた口調が、この小柄な娘が見た目通りの人物ではないことを物語る。
そしてその瞳は、理性という名の鎖を解かれ、幻想と眠りの狭間を泳ぐ者達のそれだった。
俗に酔漢という。
いやさ酔女か。
「んん、なんじゃ、お主」
気だるげに首をもたげる。
私は返答代わりに懐から持参品を取り出した。栓を開けると、怪しからん香りが漂い始める。
「おお、お主、話がわかるのう」
少女は……仮にそうしておこう……虚ろな笑みを浮かべた。
こうして、華やかな祭りの片隅で、密かな酒宴が始まった。
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「……で、ドミネウスの奴が、だ……! どうしようもないアホなことを言い出してだなぁ」
「フム……小人閑居をして不善を為すと言いますが、小人が要職に就いた時の被害はその比ではありませんな」
私は相伴にあずかりつつ相槌を打った。彼女の名はワグミカ。古代エテーネの錬金術師で、王立アルケミアの第38代所長という肩書を持つ。
なんでも、非道な研究を強いる王に反発して解雇されたのだとか……
「違う! ワシの方から出ていったんじゃ!」
ジョッキを台座に叩きつけながらワグミカが吼える。ファルパパ神との契約も何のその。理性のクサビから解き放たれた精神を遮るものは何も無い。まだまだ貴重な話が聞けそうである。
彼女に目をつけたフィロソロス教授の読みは正しかったといえよう。
「堅物ぶった顔で世間を欺き、裏では……フン……! 気付くモンはとっくに気づいとったわ!」
王国を見限ったのは彼女だけではなかった。束縛を逃れ自由を求める者達は文明に背を向け、原始的な村を作って共同生活を営んでいたそうだ。人呼んで、自由人の集落。
……ま、今の彼女の姿を見れば、間違いなく自由人であろうことはわかる。
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「だがなあ」
トロリとした瞳を傾けて、彼女は呟いた。
「そこも同じじゃった」
大きなため息。
絶対権力を敵に回し、主義主張を貫くには一致乱れぬ団結力が不可欠だ。ほどなくして村を覆う空気は異様な色を帯び始めた。
住民はすべからくして反王国の旗を掲げる同志たれ。個人は全体の理想のために奉仕せよ。あらゆる財産は共同管理。私有などもってのほか……。
「なるほど」
私は薄く笑みを浮かべ、それから深く瞳を閉じた。
束縛を嫌う者たちは自由を守るため、自らを縛る縄を綯い始めた、わけだ。
恐らく遠くない未来、その窮屈さを嫌い、集落を抜け出す者が現れるだろう。
彼らは厳しい環境に適応するため、手を取り合い、団結し、やがて……
「……人生はクソだ」
ワグミカはぽつりとつぶやいた。気だるげな吐息が、アルコールの香りと共に彼女の胸から抜け落ちていった。