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流砂の合間を縫い、時に砂を漂う遺跡の残骸を盾にしつつ、ホバー船は曲線的な軌道を描いて砂海を走る。
一方、機兵の群れは直線的に流砂を突っ切り、砂塵を巻き上げて船に迫る。
ウェナ諸島の豊かな海を母なる海と呼ぶなら、流砂渦巻くダラリアの砂海はさしずめ死の海だ。迂闊に足を踏み入れれば砂に呑まれて一巻の終わり。
だから、急旋回する砂上船を足場にしての戦いは、常に転落を警戒し、船べりにしがみついての不恰好な戦いとなる。
英雄譚の主人公のように、船の上に仁王立ち、とはいかないのだ。
そもそも小型砂上船は、元々探索用であって戦闘向きの乗り物ではない。護身用に小型砲台が二門、左右の舷に取り付けられているが、堅固な石造りの機械兵を相手取るには少々頼りない代物だ。
ウルベア魔神兵が数体、側ににじり寄れば、それだけで船全体が影に覆われる。
「舵きって! 大急ぎ!」
リルリラが叫ぶ。操舵手が悲鳴とも雄叫びともつかない声と共に船を傾かせる。船体すれすれに、機兵の腕が振り下ろされた。
「うわあっ!!」
右舷砲門に取りついた学者がたまらず砲弾を撃ち込んだ。
直撃! 石の破片が砂に散る。手ごたえあり。
だが、それは同時に迂闊な一撃だった。
旋回中で不安定になっていた船が、反動でさらに傾く。ぐらり、船底が浮き上がる。
「いかん!!」
「撃って! ひだり舷!」
咄嗟にリルリラが指示を飛ばした。左舷砲門のドワーフが砲門を開く! 再びの振動! 反動で強引に体勢を立て直す。
「いいぞ!」
着地! 舞い上がる砂の合間から矢を打ち込む。こちらはいわば無反動砲だ。
二門の砲台に砲手がとりつき、操舵手が一人。後方を射手の私がおさえる。自然と手の空いたリルリラが指揮を執ることとなった。
これがなかなかの名船長ぶりである。
「暗黒重力砲、来るよ!」
砂塵の向こうから、機兵の魔砲が火を噴く。紫紺の閃光が乾いた風を突き抜けた。砂を切り裂き、ホバー船が蛇行する。全弾回避!
「前、見て!」
砂が膨れ上がる。蛇行した分、後れを取ったか。先回りした機兵が立ちふさがる。慌てて操舵手が舵を切る。またも急旋回!
「そっちにいくと帰っちゃうよ」
リルリラが冷静に方向を見定める。確かに、このままでは遺跡に逆戻りだ。再度旋回。流砂のように、景色が巡る。
迷走がかえって牽制の役目を果たしたのか、機兵の囲みがわずかに乱れたようだ。
「一直線!」
エルフが前方を指さす。このまま逃げ切れる、かに見えた。
だが、古代の機兵たちは諦めることを知らなかった。……仕事熱心なのだ。
機械仕掛けの腕に紫色の光が次々と宿る。暗黒重力砲、4連……いや、5連!
「回避ーーー!」
操舵手は有能だった。真後ろから迫る紫紺の閃光を二つ、三つとかわしてみせた。
だが四つ目の光線がついに船尾をかすめる。
「チィッ!」
私は弓を放り出し、盾を構えた。一歩遅れて、衝撃!
重圧が盾を通して私を打ち据える。
我ながらよく守ったものだと思う。咄嗟の防御としては上出来だ。
だが私は魔法戦士。パラディンではない。
その砲撃をそらすことには成功しても、衝撃に耐えるまではいかなかった。
体が宙を舞う。船が遠い。砂の海が真下に見える。吹き飛ばされた私の身体が流砂に呑まれるのは時間の問題だった。
「ミラージュ!」
リルリラが悲鳴を……否、指示の声を上げる。
「盾!」
盾だと!?
落下する景色の中、私の目はその言葉に反応した。
私の腕から離れた盾が、私の身体よりも先に地面に落ちるのが見えた。
人の侵入を許さぬ流砂の海に浮かぶ、小さな板切れのように……
私は咄嗟にそこに脚を伸ばした。
そして砂が盾を巻き上げた。盾を足場として、私の身体も浮き上がる。誰かが喝采の声を上げた。
盾をサーフボードがわりにして、私は砂の波に乗ったのだ。