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人は土の上に生まれ、笑い、泣く。
誰かを愛し、誰かを憎み、誰かを傷つけ、誰かに傷つけられ……
そして死んで、土に還る。
死は全てを包み込む永劫の眠り。
情熱、涙、愛、そして罪も。
全ては地の底で眠りにつく。
ならば学究の名の元に土を掘り返し、眠れる愛を、罪業を歴史という名の額縁に入れて飾り立てんとする彼らの所業は、なんと呪わしきことか。
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ビーナスの涙は、美しく透明な、淡い輝くを放つ小さな宝石だ。
地の底に隠されていたその輝きを目の当たりにした時、まるで誰かの泣き顔をのぞき見したような罪悪感にかられ、私は一瞬、目をそむけた。
目を背けながら、決して目を離せなかった。
学者たちも同じ気持ちだろうか。一瞬の沈黙の後、思いだしたようにこの宝石の来歴調査をいそいそと開始した。
彼らの調べたところによれば、この宝石はウルタ皇女から、ある人物への褒美として与えられた宝物の一つらしい。
ウルベアの危機を救った英雄、不思議な旅人、と記述されていたそうだ。
だが記録によれば、その旅人は皇女の私室に飾られたこの宝石を一目見るや首を振り、そのまま立ち去ったという。
そして今に至る、というわけだ。
宝石は頷くような穏やかな光を湛え、静かに輝きを放っていた。
調査員は首をひねった。
「何故受け取らなかったんでしょうねえ」
うーん、と腕を組みながらリルリラは人差し指をたてた。
「実は呪いの宝石とか」
調査員が危うく箱を落としそうになった。宝石は不満げに部屋のあちこちに光を乱反射させる。
「褒美の品を呪いはしないだろう」
私は箱を元の位置に戻してやった。
他の褒美は残らず持ち帰った旅人が、何故この宝石だけをここに残したのか……実に興味深い。
だがその議論は背後から上がった歓声によって打ち切られた。
振り返れば、調査員達が大騒ぎだ。
どうやら記録庫らしき部屋が発見され、大量の文書が発掘されたようなのだ。
さっそく学者たちが解読にかかる。私には古代文字の知識はさほどないが、一つだけ解読できた。彼らの頭上、朽ちかけた額縁に掲げられた標語は「不眠不休」。
今も昔も勤勉なるドワーフたちの努力により、様々な事実が明らかになった。
中でも、宰相グルヤンラシュの足跡に関する取材記事は、多くの歴史とその裏側にあった事情を教えてくれた。
著者であるフリージャーナリスト"キキミミ"氏に、多くの学者が感謝と尊敬の念を抱いたに違いない。
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悪鬼グルヤンラシュ。ウルベアを滅亡に追いやった奸臣として名前だけは知られている。一方で実務家としての彼を高く評価する文書もいくつか発掘されている。謎大き人物だ。
彼の功罪をここまで克明に記録した文書の発見は、おそらくこれが初めてだろう。
何もかもが興味深い。
暗殺による地位の簒奪。そしてガテリアを滅亡にまで追い込む戦争。これらは悪鬼として知られるグルヤンラシュの所業そのものだ。
だが意外なことに、ウルベア国民からはむしろ英雄視されており、帝国の実質的な指導者として絶大な支持を得ていたらしい。
また、キキミミ氏の取材を信じるならば、魔神兵によるガテリア軍の虐殺は彼の望むところではなかったようだ。最新兵器を任された技術部の独断と暴走が直接的な原因だ。
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強すぎる兵器。予想外の"戦果"……これが和平への道を完全に断ち、両国を滅亡戦争の泥沼へと追いやることとなったのである。
リルリラはため息をついた。
「なんでそこまでやっちゃったかなあ」
リルリラは戦いを好まぬ女だ。身に着けた武具も数打ちの護身用に過ぎない。
私は腰の剣をちらりと見た。この剣を手にした時、抱く感情を見た。
「兵器というのは、男の玩具だよ」
剣は強ければ強いほど良く、新しい剣が手に入れば、全力で振ってみたくなる。私とその科学者、本質が違うとは言いきれない。
「ふうん……」
リルリラは腕を背中で結んで私を見上げた。
「じゃあ、辻斬りでもする?」
「幸か不幸か、全力で戦っても勝てないような魔物がいるから、そういう必要はない。……実際、幸運かもな」
最近で言えば、あのジェルザークとか……魔法戦士として本格的に挑んでみたいとは思うものの、私にそれだけの腕があるかどうか。
ま、私のことはいい。グルヤンラシュに話を戻そう。
(続く)