「わかってないな~」
丸眼鏡の研究員が肩をすくめた。
「このスペック! このフォルム! 量産型とは格が違うよ、格が!」
ひらひらと現像された写真を泳がせる。写真の中で、機械の翼が空を舞う。大きく開かれた翼は何かの紋章を模した意匠的なデザインとなっており、居並ぶ飛行機械の中で抜群の存在感を示していた。
「そりゃあ、採算度外視で作ったワンオフ機が高性能なのは当然でしょう。ですがね!」
若い研究員が異を唱える。
「実際に使われるのはこっちですから!」
再現写真を机に叩きつける。こちらはシンプルで飾り気のない、ほぼ単色のデザイン。同じ姿の機械が十機ほどで編隊飛行を行っていた。寸分狂わぬ陣形。一糸乱れぬ飛行。無個性かつ威圧的である。
「量産型にこそ拘りを持つべきですよ」
「理解できないね」
丸眼鏡がなおも首を振る。
「しょせん、一山いくらの雑魚でしょ。主役はこっち」
「いいえ! 量産機こそ真の主役です!」
ドワチャッカの乾いた空気が熱気を帯び、今にも発火しそうな雰囲気だ。
私は火傷を恐れて遠巻きにそれを眺めていた。いつこちらに飛び火するか知れたものではない。
ここはドルワーム研究院。ウルベア遺跡から持ち帰られた数々の資料や遺物はここで復元・検討され、研究に回される。
彼らが熱く論をかわしているのは、ウルベア時代に流行したドルボードの進化型……反重力飛行装置についてだった。
反重力飛行装置。ドルボードとは比べ物にならない速度と高度を実現し、一部は戦闘にも使用されたという。
使用燃料に問題があり、最終的には歴史の闇に埋もれていったそうだが……ある種の人々にとって、そういった曰く付きの高性能機というのは、悪魔的な魅力を持つ代物なのである。
いくつかの残骸と資料から様々なタイプの飛行装置の存在を知るや否や、どの機種が優れた機体なのか、議論が始まる。
「高性能でも量産できなければ絵に描いた餅! まして整備に専用の施設が必要な上、乗り手を選ぶじゃじゃ馬なんて論外!」
「そこがいいんじゃないか。いかにも特別な、ただ一つの存在。ヒーローは孤高の存在なのだよ」
「数が揃わなければ作戦行動は……」
「数が多くても雑魚は一発で消し飛ぶんだよ!」
喧々諤々。揺れる研究院。
「まあ待て」
長い髭を蓄えた研究員が、別の写真を持って首を突っ込んだ。また面倒くさそうなのがやってきた。とは口にすまい。
「これを見ろ。量産機を元に強化開発された高級量産機!」
先ほどの量産機と形は同じだが細部が違う。カラーもやや鮮やかに塗り分けられ、鋭角的なデザインとなっている。
「これこそ性能と数、普遍性と英雄性を両立させた至高の機体だ。そうは思わんか!」
「イヤ待ちなって」
今度は太り気味の研究員が駆け寄ってくる。
「それならこっちでしょ。ワンオフ機をコストダウンして作った少数生産タイプ!」
写真には、最初の高性能機と似た形ながら、派手さを抑えて暗めのカラーリングにまとめた機体が待機していた。
「ワンオフ機の高性能を受け継ぎつつ敷居を下げる。高性能量産機ってのはこういうのをいうのよ」
「否!」
ヒゲの男が首を振る。
「それはどこまで行ってもワンオフ機の亜種にすぎん! 無個性な量産機を強化した機体こそ至高」
「いえ、そもそもですね!」
若手が鼻息を鳴らす。
「性能を求めて強化した時点で特別な機体でしょう! フラットな一般機こそ……」
「ってゆーか、全部まとめて脇役でしょ?」
丸眼鏡の放言が火に油を注ぐ。議論は平行線。どこまでいっても交わることはなさそうだ。
リルリラは遠目から写真を覗き込んだ。
「私には全部同じに見えるんだけどなあ」
「その台詞、彼らには言わん方がいいぞ」
全員が熱心に違いを解説してくれるだろう。喧嘩をしながら。
「ちなみにミラージュはどれが好き?」
「しいて言えばこれかな」
量産機ベースのカスタム機を指さす。機能的で派手すぎず、しかし少しだけ特別感が……
「わかってるじゃないか、キミ!」
……しまった、油断した。
私の肩を、ヒゲの研究員ががっしりと掴んでいた。
かくして私も喧騒の渦中へ。
リルリラは熱気の間をするりと抜けて、いち早く退散した。
反重力飛行装置は結局、燃料の問題を解決できず、ドルボードに再度シェアを奪われる形で凋落していったらしい。
ドルボード再興には、主に二人の人物が関わっていたというが、片方に見覚えがあるのは気のせいだろうか。
もし「そう」だとしたなら……血はオイルよりも色濃く、この大地に受け継がれているらしい。
「何をしてるのかね、キミも彼らを説得してくれ!」
ヒゲの男が私を引っ張る。
……今日は遅くなりそうだ。