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「猫だって、喋ることはあるのよ」
彼女はそう呟くと、静かに鼻を鳴らした。
「気が向けばね」
「フム……」
私は声の主をまじまじと見つめた。アーモンド形の瞳が私の視線を反射する。
世の中には不思議なことがいくつもある。世界各地を旅してきたが、いくつ体験しても慣れるものではない。不思議とは、それ故に不思議なのだ。
だが……目を丸くして驚く前に、ひとつ言わせて頂こう。
うちの猫は、気が向かなくても大体喋る。
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……圧勝というべきではなかろうか。
「にゃーん」
猫は気だるげに鳴いた。気が向かないらしい。
無味乾燥な鳴き声が、無人の古井戸にこだました。