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オーグリード大陸中部、ゲルト海峡にほど近い荒野の片隅に無人の墓地がある。
手入れする者もいなくなった寂しい墓碑とサボテン達が静かに並ぶ。時折訪れる砂塵だけが彼らの来客……だった。
私の名はミラージュ。ヴェリナード魔法戦士団の一員である。今回は、とある犯罪者の手がかりを追いかけてこの墓地にやってきた。正確には、墓地のはずれにある古井戸の底に。
くり抜いた岩の奥に居住区がある。屋内に並んだ家具は古ぼけてはいるが意外にも品が良く、本棚に並んだ書物と共に住人の知的水準を主張していた。
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「随分といい家に住んでるんだな」
「そうでしょ?」
猫は得意げに髭を揺らした。
場所が場所だけに幽霊の類とご対面する準備はしていたのだが、猫のお出迎えとは大分意表を突かれた形だ。
「あら、幽霊がいないなんて誰が言ったのかしら?」
猫は小粋なジョークを飛ばす。まるで私の背後に霊が立っているとでも言いたげな視線だ。私は肩をすくめた。
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もっとも、もし本当に幽霊がいるなら、逃げ出すよりはインタビューを敢行したいのが私の本音だった。
私が追う犯罪者は死霊王を名乗る男で、その大層な肩書の通り悪霊を操り、各地で騒動を起こしている。いっそ霊自身に聞き込みができれば調査もはかどるというものだ。
だが耳を澄ましても聞こえるのは井戸を出入りする風の音だけ。御霊の声は彼岸の彼方だ。
「霊感が足りないのね」
「そうらしい。猫の声なら、最近よく聞くんだが」
「ファンファンよ」
「よろしく、ミラージュだ」
頭を撫でようとすると尻尾で指を叩かれた。ぷいと背を向ける。機嫌を損ねたらしい。
「せっかくだから犯人の心当たりを聞いてみたいんだが」
「にゃーん」
「供述感謝する」
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仕方なく私は住人の帰りを待つことにした。調査団の聞き込みによれば、この古井戸の底の住居に、死霊術師……デスマスターを名乗る冒険者が出入りしているというのだ。
人相からして犯人とは別人らしいが、貴重な手がかりである。
待つことしばらく、風の音より激しい物音が頭上から響いた。続いて二人分の足音。
入り口をくぐり、怪訝な顔を私に向けたのは、二人のデスマスターだった。