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碧光を湛える魔性の太陽が砂の海を妖しく照らす。
大鴉がけたたましく鳴き、剣呑な針を背負ったサソリが虎視眈々と獲物を狙う。
だが絶え間なく流れる流砂の大河にうっすらと浮かび上がる石タイルは、このジャリムバハ砂漠が決して無人の荒野ではないことを教えてくれた。
「もうすぐだよ!」
私の相棒がひらりと宙を舞いながら前方を指さした。
街道を辿ればそこはバザール。
石造りの城門の向こうには、色とりどりの布に彩られたテントが立ち並び、商人の呼び込み声がカラスの鳴き声よりけたたましく鳴り響いていた。
彼らは針こそ背負わないが、砂漠のサソリ以上に虎視眈々と旅人を狙っているに違いない。
荷馬車と共に賑わいと喧騒の中に踏み込み、その一部となる。笛吹きとトゥーラ弾きが軽やかに調べを奏で、踊り子が舞い、タップペンギーが跳ねる。
荷をほどくとちょっとした人だかりができた。ここから北東、ディンガ交易所から運んできた物資の数々だ。物欲しそうに遠巻きに眺めるもの、早くも詰め寄って交渉を希望する者。全ての瞳が光を吸い込む漆黒の色に輝き、全ての頭が捻じれた角を載せていた。
「悪いが卸し専門なんだ。一般客は店で買ってくれ」
私は苦笑いを浮かべながら依頼主の姿を探した。すぐに見つかる。この街で料理屋を営むアークデーモンだ。
人混みをかき分けて近づいてきた彼は満面の笑みで物資を受け取り、約束の報酬と、おまけの手料理を手渡してくれた。手にした巨大フォークをうきうきと揺さぶりながら……どうも、あれは武器ではなく料理道具らしい。
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「上手くいくもんだね」
相棒のリルリラが宙にあぐらをかき、クスクスとわらった。
「予想以上だな」
私は受け取った料理を一つまみ、フォークに刺して空中に差し出した。リルリラが顔を寄せてかぶりつく。
「不便じゃないのか、その体」
「案外便利だよ」
「そうか」
私は宙に浮くリルリラの小さな姿を見上げて頷いた。
「吾輩は結構疲れるニャー!」
猫魔道のニャルベルトが人混みをかき分けて追いついてきた。大きさは普段と変わらないが、眼が赤い。
「私が一番楽かもな」
私はバザールに並んだ鏡を覗き込んだ。少し暗く染まった肌と、漆黒の瞳がそこにあった。
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私の名はミラージュ。今はこの街で雑貨の運び屋をやっている。そう、この街。砂の都ファラザードで。
魔界。そう呼ばれる世界に私が降り立って、はやひと月が経過しようとしていた。