魔界の空には不可思議な光球が浮かんでいる。昼にあっては太陽、夜にあっては月となり、この世界を妖しく照らすのだ。その源は魔界の極北、デモンマウンテンの山頂に掲げられた巨大な宝玉であるという。
だが、光が届かぬ場所もある。
薄汚れた石壁に囲まれた細い路地などがそれだ。殴り書きのラクガキが使い古されたジョークを囁き、地べたに寝そべる浮浪民がけだるげな視線を投げかける。
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ここはファラザードの裏通り。貧民やヤクザ者がたむろするスラム街だ。
運び屋として物流に携わるうち、私は自然とこの界隈にも詳しくなった。
元より交易で栄える街、人と人が交わりモノとカネが渦を巻けば荒事も起こる。これは自然現象というべきものだ。我々も何度か巻き込まれた。
だがファラザードの魔王はそれを排除するのではなく、その受け皿として裏通りに一定の役割を設け、上手く手懐けているらしかった。
「やり手って感じだね」
リルリラが肩の上で呟いた。
「……そうだな」
ファラザードの魔王はその才覚をもって一代にしてこの国を築き、たぐいまれなるカリスマで民をまとめ上げている。相当な人物に違いない。
一度会ってみたいものだが……そのためにも、この地に確かな実績と信頼を築く必要がある。裏にも、表にも。
今日の「運び」は、裏通りを仕切る組織の一つ、赤狼組の若頭からの依頼だ。とある危険な品物を先方から受け取り、彼らのボスの元へ届けよ、と……。
「いいか……中身に触れるなよ。運び屋はブツの中身を知らなくていい」
若頭のバタンは獣人らしく突き出た口元から狼の牙をのぞかせた。黒い眼帯と向こう傷が歴戦の兵らしい強面を演出していたが、隣で息を巻く舎弟が同じ衣裳で吠えるので、どうにもファッション感が拭えない。
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「兄貴ィ! いいんスかこんな野郎に任せて! こんな奴の手ぇ借りなくても自分、いくらでも働くっすよ!」
「イジャラン、華のウルフ道にはこんな言葉がある……信頼が男を漢にする」
「あ……兄貴ィ! さすが兄貴だ……!」
以下、イジャランによる小芝居がしばらく続くが長いので割愛する。
私としても違法取引の片棒を担いでいるのではないか、という不安はあるのだが……。
「信頼、だぞ」
バタンが肉球のついた手で私の肩を叩いた。虎穴に入ってみるか。
「相手は狼だけどね」
リルリラがひらりと宙を舞った。
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最初の「運び」はつつがなく終了した。二度目も、大過なく終わる。バタンも我々の仕事ぶりを評価してくれたらしく、さらなる仕事が舞い込んでくる。
赤狼組の背景についても少しずつわかってきた。
彼らの背後にレディ・ウルフと呼ばれる存在があること。レディ・ウルフが、ファラザード軍にもよしみを通じている大物であること。そして彼女が、危険な宝石を国中から集めていること。
「軍まで絡んでいるとなれば、単なる密売商、というわけではなさそうだな」
裏通りは二つの顔を持つ。一つは見た目通りの貧民街。もう一つは、表に出せない仕事を一手に担うファラザードの別働部隊。私は思った以上にこの国の内情に近づきつつあるのかもしれなかった。
それはつまり……危険と警戒の中に足を踏み入れたということでもある。
その日、みたび赤狼組の依頼を受けた我々を取り囲んだ影があった。