大衆酒場に乾杯の声が上がり、ファラザードワインが荒々しく波打つ。続いてフォークと皿の多重奏。喧騒に混ざって多様なスパイスと芳ばしいギィの香りが鼻孔に届く。
小皿に取り分けられた数種類のカレールーと焼きたてのナン。口休めは瑞々しいフルーツ入りのヨーグルト。食欲をそそる、実に旨そうな料理だ。
なのに何故、私の皿にはトカゲの丸焼きなんだ?
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砂の都ファラザードは宴のさなかにあった。
長らく国を開けていた王が戻り、バザールを悩ませていた物資運搬に関する問題を瞬く間に解決してしまったのだ。
正確には、王が発掘してきた新しい人材が、というべきか。
旅をし、人を見て、砂粒の中から玉を探す。ファラザードはそのようにして作られた。ジルガモットもハジャラハも……人の才能を見抜くのが余程得意な男らしい。
「元宝石商だけあって、鑑定眼は確かだよな」
「人材マニアなんだよ、あの人」
ナンにかぶりつきながら若者たちがそう語っていた。とても君主に対する物の言い方ではないが、誰も咎めない。そういう国であり、そういう王なのだ。
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店から外を眺めれば、宴の中心には常に王がいた。飲み、歌い、笑い、騒ぐ。民衆の中に溶け込み、肩を叩き合う。王が歩けば宴が動く。彼は意志を持つ台風の目だ。
宴の参加者は一般大衆から兵士たち、果てはスラム街のごろつきまでわけ隔てない。彼が求めるのは身分より実力。
だから私の様な素性も知れない新参者であっても、簡単に謁見が許可された。
謁見の間はバザールの中央広場。傅く家臣団の代わりに飲み食いする民衆の姿。玉座の代わりに石段に腰掛け、ざっくばらんに片手を上げる。
「おう、俺がいない間バザールを助けてくれたそうだな。感謝するぜ!」
「王直々に、勿体ないお言葉です」
「おいおい、宴の席だぜ。堅苦しいことは抜きだ!」
荒々しく杯を交わす。観衆が湧く。そして王は今後の政策を、世間話でもするように語り始めた。
バザールの今後から魔界の情勢へ、そして大魔王への道……。壮大なビジョンと朗らかな美声が大衆を振り向かせ、自信に溢れた瞳が老若男女を魅了する。
誰もが彼の声に耳を傾けた。誰よりも最先端を行く男。ジルガモットでさえ、今や聴衆に過ぎない。
その時、妖精に扮したリルリラが私の肩に腰を下ろさなかったら、私もまたその空気に呑まれていたかもしれない。
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一瞬、目をそらしたことで私は呪縛から逃れるように熱気から引きはがされた。魔王と、それに魅了される民衆を遠くから見ることができた。それは、圧倒的な光景だった。
「俺について来い!」
王が熱弁を振るうごとに、急激に全ての色が薄れ、塗りつぶされていく。ジルガモット、ネシャロット、魔族に魔物、兵士に民衆。砂漠の都がモノクロに染まる。
ただ一人、鮮やかに色彩を放つのは、魔王。
それ以外の全てが灰色に染まり、彼一人が輝きを放っていた。