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「ギガ……」
手にした剣が光を纏う。牙をむく稲光が、薄暗い魔塔にうごめく影をあぶりだした。
「……ブレイク!」
眼下に群がる敵影をめがけ、背負った光条を振り下ろす。
「ギガ」と「ブレイク」の間に少し間を置くのがこの塔における流儀だそうだ。郷に入りては郷に従う。それが私だ。
雷鳴が鳴り響き、光剣が敵を薙ぎ払う。影はかき消え、次に光も消える。残ったのは、闇。
その闇の彼方から、また新たな影が沸き始めた。休む暇もなく、次々と……。
ひび割れた壁から差し込む光が、魔影を妖しく浮かび上がらせた。
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ファラザードの沖合にそびえる螺旋塔は、海運都市ザードが残した数多い遺産の一つである。魔界の太陽を照り返し、青碧色に染まった波が不気味にたたずむ塔の姿を引き立てる。
ホエールウォッチングの名所としても知られ、塔を守るように周囲を旋回する角鯨が時折、宙に跳ねるのはなかなかの見ものといえる。
もっとも、この塔の主が跳ね鯨の雄姿を楽しんだかどうかは、怪しいものだ。彼にとって真の見世物は、塔の中にこそあったのだから。
次々と襲い掛かる魔物の群れを、戦士は必死で薙ぎ倒す。倒した先から補充される敵。薄闇の向こうから、獰猛な牙が群れを成して押し寄せる。一人、また一人と戦士が倒れ、ついには撤退を決断する。
だが、その背中に酷薄なる刃が振り下ろされ……
……古代ザードの魔王はこの光景を余興として楽しんだそうだ。いい趣味とは言えない。やがて人心は王から離れ、海運都市ザードは遺跡となった。
そして2000年の時が流れた今、一匹の悪魔が古代の宴を蘇らせた。名をギラムという。
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どこから持ち出したのか、彼は莫大な財宝を賞品として掲げて冒険者を募り、魔塔の戦いを現代に再現したのである。人呼んで、万魔の塔。
彼としては残酷なる血の宴を復活させたつもりだったのだろう。
この悪魔に誤算があったとすれば、現代の戦士達があまりに逞しすぎたことである。
豪華賞品と腕試しを目的に、今日も今日とて魔塔はお祭り騒ぎだ。
集まった戦士達の中に、かなりの割合でアストルティアの冒険者が混ざっていることを私は知っている。彼らはいつだって、磨き抜いた技を披露する場所を求めているのである。
かくいう私もその一人。ファラザードで運び屋を営む傍ら、週に一度はこの塔に挑むのが私の習慣となっていた。
剣を振るごとに稲光が闇を裂く。こうした集団戦に挑む場合、魔法戦士の私はギガスラッシュが主力となる。正直心もとないが、宝珠やベルト、眼甲の力を信じるしかない。
時折現れる大物にフォースブレイクを撃ち、せめてもの援護とする。切り札のマダンテも、惜しまず使う。上手く回せば1戦で3~4回は使える計算になる。出し惜しみせず、無駄撃ちせず、勝負どころを見極めるべし。
幸いなことに、押し寄せる敵の中にはひ弱な魔物もいくらか混ざっている。マダンテの攻撃範囲を活かしてそれらをまとめて吹き飛ばし、眼甲の力を発動させる。そして全身にみなぎった力を、アルテマソードやギガブレイクに注ぎ込み、大物を撃退するのだ。
もちろん、仲間たちの眼甲も発動するのでパーティ全体への援護にもなる。こういう場合、マダンテは単なる攻撃呪文ではなく、強化呪文の側面をも持つのである。
魔法戦士らしい戦い方、ということにしておこう。
今のところ、友人達と共に挑む場合は、彼らのおかげもあって規定の賞品全てを獲得できている。
都合がつかない場合は酒場で雇った冒険者と共に挑む。この場合、私は既定の半分までを目標にしている。やや運が絡むものの、どうにかなる範囲だ。
補給が難しいこの戦いにおいて、キラーパンサーを息切れなしで運用できるのは、魔法戦士の特権と言わせてもらおう。
「ふーん、そこそこやるじゃねえか」
戦いを終えた戦士達を、ギラムが営業スマイルで迎える。内心どう思っているのやらだが、各冒険者が自分に合わせて目標を作り、無理なく報酬を得られるという意味では、なかなか良心的な施設と言えそうだ。
もっとも、私が完全制覇に成功したのは三つある舞台のうち、第一の舞台のみ。薄闇の中から魔塔を見上げれば、頂点はまだまだ遠い。
「隠し玉はまだいくつもあるんだぜ」
ギラムは自信の笑みを浮かべる。
「ま、いずれ……」
戦いを楽しむ自分を感じながら私は笑みを返した。
闘争。力を高め、発揮することの喜び。原始的で根源的で、ある意味では、野蛮な……。人界と魔界、そこにどれほどの差があるだろう?
悠久の時を生きる角鯨が今日も波をかき分け、宙を舞う。
魔界の雲は、ただ足早に流れながら、それを見下ろしていた。