「ま、美味しいものでも食べて気楽にやりましょ」
ジルガモットは氷菓子を頬張った。
新人パティシエ、パシティ氏による新作料理だ。私も一つ、同じものを注文する。甘い香りととろけるような触感が心地よい。
なんでもジャリムバハ砂漠名物のジャリムミルクを氷で冷やし、特殊な手法で合成したもの、だそうだ。
ジルガモットいわく……
「まるで氷竜が華麗に舞い踊るかのようだわ!」
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背後に竜が現れる。召喚呪文だろうか。
「これこそまさに、雪景色の黄金郷!」
背景が輝く。巧みな色彩操作呪文だ。竜はそそくさと立ち去った。
「そうそう、バルディスタの魔王がね」
と、ジルガモットは唐突に話題を切り替えた。バルディスタといえば、魔界を三分する主要国家の一つだ。治めるは氷の魔女、ヴァレリア。
「何かの選挙に出るって……ええと、何だったかしら」
「ああ……」
私はアストルティアから密かに取り寄せた雑誌の表題を思い出した。ファルパパ神主催によるクイーン総選挙。相変らず人選に一切の躊躇いが無い。
「あの魔王なら他人に選ばれるより、実力で奪い取る、って言いそうなのにね」
「ほう……ヴァレリアは、そういう魔王ですか」
「噂では、そうらしいわよ」
ファラザードは交易の都。魔界中のありとあらゆる噂話が舞い込んでくる。
実力主義の軍事国家バルディスタ。その王は冷徹にして非情。そういう話だ。
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そんな彼女が民衆の投票で女王に選ばれた時、どんな顔を見せてくれるのか。それは確かに興味深い。が、しかし……
私は今回は、古代エテーネのメレアーデ王女に票を入れることにしている。
彼女の名は、発掘された碑文や古文書の中に刻まれていた。
それを読む限りでは、彼女は決して時代の主役ではないように思えた。
だが、私の友人で、古代史を研究している変わり者の冒険者が、知られざる歴史と彼女の言葉を教えてくれたのだ。
ある男の罪を「許す」と……
そして許したことの責任をとる、と
その時初めて、私はこの女性に興味を持ったのだ。
私には、その男の罪を許す理由は一つもないが……彼女の言葉は支持しよう。その覚悟を。意志を。
……彼女もまた、正真正銘のヒロインだった。それが投票の理由である。
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「さて、どうなることやら……」
バザール、魔界、総選挙。あらゆるものが流れ、渦を巻き、進んでいく。
私の旅も、そろそろ前に踏み出す時期だろうか。
市場の喧騒と渇いた風がふわりと肩を撫でた。
元々私の任務は、魔界の情勢調査である。
ファラザードは情報収集には最適の場所だが、やはり伝聞だけで他国の情勢を調べるのには限度がある。
ゼクレスとバルディスタ。この二国に足を運んでみる時期だ。
「そうねえ。ちょっとした冒険になるわね」
仕入れを名目に出国の意志を伝えると、バザールの小魔王はそう言って顎に手を当てた。
ファラザード王はゼクレス、バルディスタ両国との間にとりあえずの協定を結ぶことに成功したが、それでも安全とは言えない。いつ国交が断絶してもおかしくない状況だ。
だからこの二国からの仕入れは今が最後のチャンスともいえるし、今が最も危険ともいえる。
「虎穴にいらずんば、ですよ」
一応そう答えておいたが、実際の所、仕入れは失敗しても構わない。何がそれを失敗させるのか。それを見極めれば良いのだ。
ファラザードの魔王は、まさに魔界の麒麟児と呼ぶべき存在だった。砂漠の都は、彼の色に染まっている。
ゼクレスは、バルディスタはどうか。
そして魔界を塗りつぶすのは、果たして誰の色なのか。
「氷の魔女ヴァレリアに、魔妃エルガドーラ、か」
愛馬の背にファラザードの特産品と、いくつかの思惑を載せて、私は砂漠の都を後にした。
向かうは東、魔導国家ゼクレス。
ファラザードの砂が名残惜し気に蹄から流れ落ち、街道は我々をゲルヘナ幻野へ、そして深緑のベルヴァインへと導いた。
鬱蒼と茂る樹々が街道を覆う。
森を閉ざす冷たい霧は、我々を歓迎しているようには見えなかった。