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ゼクレスは霧に包まれた王国だ。
ベルヴァイン大森林の樹々は来訪者を倦み遠ざけるように鬱蒼と茂り、王国を包み隠す。街道は森と霧で薄青に染まり、寒々とした、どこか気だるげな空気が我々を遠巻きに見下ろしているようだった。
淡い蒼光に包まれた森の情景は絵画のように美しく、絵空事のように遠かった。
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「不思議な雰囲気の国だね」
妖精に扮したリルリラが燐光を湛えながら静かの森にふわりと浮かぶ。それこそ絵本の世界だが……それにしては、この森は冷たすぎる。
「ファラザードとは大分違うな」
愛馬の蹄が苔生した街道を闊歩する。馬蹄が石を叩くぽつぽつとした音が森に響いた。
砂の都を旅立って数日、我々はゼクレス魔導国領、ベルヴァインの森へと足を踏み入れていた。名目上は旅商人として、商品の仕入れのため。実際はヴェリナードの魔法戦士として、敵情視察のために。
「入り口はまだ愛嬌があったのにね」
リルリラがクスっと笑う。確かにあれは傑作だった。
ゲルヘナ原野とベルヴァインを隔てる関所には気難しい顔の門番がふんぞり返っており、しかめっ面の裏側で露骨に賄賂を要求していた。
普通、これだけでもゼクレスが他国から低く見られる理由になるのだが……そういう感覚は無いらしい。
彼に、というべきか。ゼクレスに、というべきか。それとも魔界に、なのか。少なくとも二番目までは該当しそうだ、というのが私の感想である。
わかりやすいことに、関所のすぐ近くに商人がたむろして、賄賂用の宝石を旅人に売りつけていた。
どう考えても、門番とグルになっているとしか思えない。
「お若いの、お困りのようじゃの」
カモを見つけた、と言わんばかりの表情でその老商人は私に近づいてきた。
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「ワシはグルジャ」
「そうか……やはりグルなのか」
正直な老人だ。詐欺には向いていない。
「イヤ待て、勘違いをするな」
商人は慌てて両手を振り回した。
「ワシは闇商人、グルジャ」
「ううむ、門番が闇商人とグルだったとは」
「そうではない!」
老人は青黒い顔を真っ赤にしてまくし立てた。
「ワシはグルジャ! 闇商人グルジャ!」
「やはりそうだったのか!」
「違う!」
以下、繰り返し。
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「……で、結局グルだったのニャ」
「ウム……」
猫魔道のニャルベルトも呆れ顔である。
この国の商人は正直なのか不実なのか。つかみどころがなく腹の内が読めない。
「まさにこの国を象徴するような男だった……と」
「違うと思うよ」
妖精が私のメモを素早く訂正した。
街道は樹々のアーチを潜り抜け、ゼクレスの王都へと我々を導く。
さて、この先にいる人々があのグルジャぐらい愛嬌のある人物だと嬉しいのだが……
「期待は薄い、かな……」
ゴシック趣味の古めかしい都を陰鬱な霧が多い、魔導光が建築物をほのかに照らす。
この魔界で最も古く、最も排他的な街。
魔導の都ゼクレスへと、我々は足を踏み入れた。