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「ニャーーッ! 偉大なるキャット・マンマー様に仕える吾輩に向かって……」
「えぇい寄るな、下層民め!」
猫が毛を逆立て、貴族が青筋を立てる。
これがファラザードなら野次馬が輪を作るところだが、この街では遠巻きに冷たい一瞥を投げかけ、通り過ぎるのみだ。
魔導国家ゼクレス。伝統ある魔導の光が青白く照らす街の一角にて、我々は早速トラブルに巻き込まれていた。
「巻き込まれたのはこっちだ!」
身なりの良い青年が苦虫をかみつぶしたような表情でこちらを睨んだ。脇には未だ唸り声を上げる猫魔道、ニャルベルトの姿がある。
「まったく、田舎者は下僕のしつけもできんのか!」
「だれが下僕ニャーッ!!」
猫は全力の肉球パンチを振り被ったが、さすがにやめさせた。貴族は悪態をついて去っていく。
ひそひそ声がどこかから聞こえてきたが、振り返れば霧の中、だ。
ゼクレスは厳格な身分制度で知られている。出自と血統が何よりも重視され、貴族と平民は厳密に区別される。
自国の伝統を貴ぶことこのうえなく、他国民はそれだけで下層民扱い。魔物達はその下だ。
ニャルベルトは別に何をしたわけでもない。ただ歩いていただけだ。それを咎められた。
歩く道すら、身分によって定められているのがこの国なのだ。
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「ふざけた国なのニャー!」
憤懣やるかたない表情で猫は杖を振り回した。第一印象は最悪、といったところか。
実際、私も苦労している。
とりあえずは旅商人として取引所に顔を出してみたのだが……
「申し訳ありませんが紹介状をお持ちでない方との取引は行っておりません。他国の方はあちらの旅人バザーでもご利用になってはいかがでしょうか」
冷笑と共に門前払い。慇懃無礼を絵にかいたような対応だ。
少し食い下がって、ファラザードで仕入れた品をいくつか披露して見せたのだが……
「伝統ある我がゼクレスにそのような品を持ち込まれては困りますね」
またも冷ややかな微笑。この国では、他国の品物に価値を認めていないのだ。
荘厳なる尖塔が霧の中にそびえ立ち、私を見下ろす。宝石の様な魔導光の窓に舞踏会の影が踊る。高みにありて他者を寄せ付けず、むせるようなバラの香りにひとり酔いしれる……。
あらゆる文化がまじりあい、魔族と魔物が和気あいあいと暮らしていたファラザードとはえらい違いである。
道すがら知り合った旅の商人も肩を落としていた。
「物価は高いし、ものは売れないし……諦めた方がいいのかな」
私が純粋な商人ならば、早々に見切りをつけて引き返していたかもしれない。
だが私は魔界情勢を調査するためにやってきた魔法戦士。ゼクレスとはどんな国か。それを身をもって知ることができたのは、一つの成果と言える。
「出足は上々、だろう?」
「吾輩は不愉快なのニャーッ!! 」
猫の肉球が冷たい石畳を踏み鳴らした。