ゼクレス到着から一巡りほどの時が流れ……
我々は他のあらゆる余所者たちと同じように、見えざる視線に追いやられ、郊外へと活動の場を移していた。
平民や他国民、そして魔物達が暮らすゼクレスの下町。新参者への風当たりも、ここならば多少は緩い。
特にこの区画に住むジャガーメイジのドロステア嬢は、ニャルベルトの猫友達となり、魔物達の互助会を紹介してくれた。
「魔物が暮らすには辛い国だし、生きてくために犯罪に手を染める子も多いのよねえ。私達は助け合ってどうにかしてるけど……」
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猫たちはゼクレスの上層を見上げた。今日もどこかで舞踏会が開かれる。規則正しくリズムを刻むワルツ。幻想的な魔導光に舞う影を背景に、魔物達の日々もまた繰り返される。
ある時は住む場所を提供し合い、ある時はただ憂さを晴らす話し相手となり……
またある時は食事会を開く為の食糧調達を頼まれたりもする。私もニャルベルトを手伝い、一仕事することとなった。
「はぐれモグラの舌、略してグラタンか……」
「通好みの珍味ニャ」
ニャルベルトも、たまの御馳走に浮かれているようだった。……彼らの嗜好に口を挟むのはやめておこう。
依頼の品は首尾よく入手し、食事会はつつがなく催された、かと思われたが……
ここで一つ、トラブルがあった。
「お前……さては魔物じゃねえな!」
「こ、これにはわけが……!」
グラタンの解釈を通して発覚したのは、変身呪文を得意とする魔物による、魔族への成りすましと入れ替わりの事件である。
仔細は省くが……私とニャルベルトは互助会の面々と協力して、魔族と入れ替わった魔物を捕えることになった。
「魔物としての誇りまで捨てちまったクズ野郎め……!」
互助会のリーダー、ルクバスは拳を握りしめた。魔物には魔物の矜持がある。虐げられる側から虐げる側に回って良しとするほど彼らは卑しくない。
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「それが吾輩たちのプライドなのニャ!」
猫が胸を張り、背筋をピンと伸ばした。
だが……。出自で全てが決まるこの国で魔物が成り上がろうとしたら、文字通り生まれ変わるしかない。それは事実だ。
そして何よりもその事実を理解していたのは、魔物と魔族、両方の視点からこの国を見ることとなった入れ替わりの被害者、バルナバス氏だった。
「だから俺、お前を許すよ」
「フン……お人好しめ!」
捕縛された犯人はふてくされた表情で目をそらした。
確かに人の好い人物である。見た目は結構な強面なのだが……彼は元々魔物への偏見が少なく、はぐれ者の鬼小僧とも親しくしていたそうだ。
それが原因で成り代わりを許してしまったのだが……それでもなお、恨み言よりゼクレスの政治事情を冷静に判断し、今のような台詞が言える。
この国の貴族としては、稀有な存在と言えるだろう。
そしてルクバスはそんな彼と種族を越えた友情を交わしたのだった。
「たとえ魔族だろうとお前は俺の仲間だ。困ったことがあれば遠慮なく言ってくれ」
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バルナバス氏は上層に住む有力貴族の一人である。今後は魔物への差別をなくすための活動に力を入れると息巻いている。……案外、この国を大きく変える事件に立ち会ってしまったのかもしれない。
彼の活動がどの程度うまくいくのか、定かではないが……この国の下層には不満が渦巻いている。一つの呼び水にはなるのではないか。
このことは、ヴェリナードへの報告書に詳しく記しておくことにしよう。