煌びやかなシャンデリアが赤絨毯を照らす。純白のテーブルクロスに並んだ豪勢な料理は美味そうな匂いを漂わせているが、その大半は手つかずだ。
高級料理に飛びつく浅ましい輩はここにはいない。上品なドレスやスーツに身を包み、ワインを片手にご歓談……会食の目的は食事ではなくファッションと財力の披露、そしてコネクションの形成にある。
私は空腹を刺激する香ばしい匂いに耐えながら彼らの傍らに佇んでいた。ちょっとした拷問に近いが、ここは我慢。腹の一つも鳴らそうものなら、たちまちのうちに追い出されてしまうだろう。
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ここはゼクレスきっての大富豪、ベラストル家のパーティホール。何故私がこんな場所に召使の真似事をしているのかと言えば……懇意にしている上級貴族、バルナバス氏からの依頼である。
氏の親族、ベルント翁は古今の芸術を好む好事家である。
このたび、ベストラル家の美術品披露パーティに招待され、喜び勇んで出席を決めたのだが……不幸にも翁の専属召使が怪我で出仕できなくなってしまったのだ。
そこで……
「近頃物騒だし、護衛も兼ねて頼めないか?」
と、私にお鉢が回ってきた。
魔界情勢を知りたい私にとっては渡りに船だった。その国の実情を知りたいなら、耳を傾けるべきは100万回の大本営発表より、宮廷スズメのさえずりだ。
こうして私は執事の衣装に身を包み、パーティに同伴することとなった。魔族に扮した私が更に従者に扮する。二重の変装である。
さすがに旅商人の身分では入場を許されないので、バルナバスの遠縁の親類ということになっている。
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隣にいるのがベストラル家に仕える正規の執事殿。見ての通り、比べてみても全く遜色ない。どこからどう見てもベテラン執事。
「……あそこの執事さん、ちょっと田舎臭くない?」
「……あらやだ、新人かしら」
……一瞬で見抜かれた。ポケットの中から妖精のリルリラがクスクスと笑った。……何故わかるのだ?
「目が肥えてるんでしょ。高級な人たちだからね」
「見つかるぞ」
私は憮然とした表情でポケットを塞いだ。彼女は好奇心だけでついてきた。身体が小さい分、取り繕う必要が無い。便利ではある。
「すまんのう。これはわしの遠縁の甥にあたる者でな。勉学のため、最近まで他の国に出ておったのだ」
ベルント翁がフォローする。あら、と淑女は首をかしげた。
「わざわざ田舎まで勉強に行くなんて、おかしな方ね。ゼクレスの伝統ある学院に行けばいいのに」
「いやいや」
寛大な表情を浮かべた紳士が後ろから口を挟む。
「ゼクレスの魔導学は難解ですからな。きっと田舎の学校で初歩から学びたかったのでしょう」
笑い声。一礼して下がる。これが嫌味ならばまだ可愛げがあるが、そうでないからタチが悪い。
魔導国家と呼ばれるだけあって、ゼクレスの魔導魔術は有名だ。各地にある転送装置、そしてアストルティア侵攻に使用された異空間ゲートも、もとはと言えばゼクレスの手によるものだという。
だがその多くは過去の遺産であり、新しい発明は少ないそうだ。
『そうだろうな……』
優雅にワインを傾ける人々を尻目に私は冷めた目でパーティ会場を見渡していた。
アストルティア各地を旅してきた私の目から見ると、ゼクレスの技術は確かに優れているが、群を抜いたものではない。転移装置ならドワチャッカの神カラクリ、月まで飛べると噂のオルフェアのビッグホルンだってある。
技術に限らず、街の規模も、建築も、このパーティの華やかさも……優雅さで言えば我がヴェリナードの圧勝、というのはまあ、贔屓目としても、だ。
私は子供の頃に読んだロト伝説に登場する、エジンベアという国のことを思い出していた。
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かつて世界を席巻した大エジンベア王国も、勇者ロトの時代には、いち地方都市になり下がっていた。
大都会と聞いて訪れた勇者たちは、道具屋ひとつ建っていないエジンベアの町並みに失望の色を隠せなかったという。
にもかかわらず未だに他国を見下し、口癖のように「田舎者」と旅人を嘲笑う人々に、さすがの勇者一行も閉口したのだとか……
その後、エジンベアがどんな未来を迎えたのか、伝説には残されていない。
だがこの国が迎える未来は、遠からずわかるだろう。
他者への興味を失った者が生み出すのは、ただ……
「退廃的な美、そして斜陽の芸術……デカダンスじゃよ」
と、私の思考をなぞるような言葉がどこからか聞こえてきた。
振り向けば、ベルント老人が壁に飾られた一枚の絵画を解説しているらしかった。