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夜の帳が宴を覆い、ベストラル家のパーティはつつがなく終了しようとしていた。
最後に……特筆すべき人物と接触したことを、ここに記しておこう。
「アンタ、見ない顔ね」
物思いにふける私を我に返したのは、女の声である。
振り返ると、そこにいたのはまだ年若い……少なくともそう見える……少女だった。
柔らかな金髪にダークピンクのドレス。少女趣味の中にどこか毒々しさを感じさせる魔界的ファッション。
ツンとつり上がったまなじりと細長い耳が攻撃的に私を見上げるが、大きな瞳はまだ無邪気な少女のそれである。
私はその顔を知っていた。
ベストラル家の若き当主。麗しの暴君。
この宴の主人公、リンベリィ嬢である。
ベルント翁が改めて私を紹介すると、彼女は大きな瞳を私に近づけた。ポケットの中の妖精が息をひそめる。
尊大な立ち居振る舞い、取り巻く執事たち。金持ちの我儘娘という印象が強いが……
「色眼鏡、外してくれる?」
私は言われた通りにした。少女の瞳が鋭く光る。
上級魔族の眼光が、まじまじと私を射すくめる。品定めをするような、冷徹な視線。
ゼクレスの上級魔族は生まれながらに強い魔力を宿すと聞く。
まさか、私が魔族でないことを見抜いたとでもいうのか……?
内心の冷や汗。
少女はしばらく私を凝視した後、諦めたように溜息をついて肩をすくめた。
「顔はイマイチね。ちょっとみすぼらしくてウチのパーティには似つかわしくないけど……まあ代理ならこんなものかしら」
「……どうも」
グラスをかけ直す。
……魔族の審美観は我々とは基準が違う、ということにしておこう。そうしよう。
ポケットの中で何かがプルプル震えていた。リルリラめ!
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「ベルントさん、今日の絵画はお気に召しまして?」
リンベリィは私の雇主に優雅に一礼する。老人は慌てて愛想笑いを取り繕ったが、正直な感想を隠しきれていない。リンベリィはその手の感情には敏感らしかった。
「シリルがいればもっといい絵が手に入ったのに……まったく、どこに行ったのかしら」
リンベリィは頬に手を当ててぼやいた。
六大陸堂のシリル氏のことだ。ベストラル家の女王蜂も、氏には一目置いているらしかった。
ますますシリル氏に興味が湧いてきたし、この国のことももう少し知りたいが……
各国の情勢が慌ただしくなりつつある今、あまりのんびりもしていられない。エルガドーラの鎖国政策が本当なら、出入国のチェックが厳しくなる可能性がある。
「頃合い、かな」
私はぽつりと呟いた。
少し早いが、そろそろこの国を出るべきか。
帰路につくベルント老を送りながら、私は次の旅へと思いをはせていた。
目指すは西の果て、魔界三国の最後の一つ、バルディスタ。
シリル氏との面会。ファウロン老人やバルナバスの活動の行く末……それらを見届けるのは、次にこの国を訪れた時の宿題にしておこう。