○月×日
板チョコレートの城壁から、土煙を上げる荒野を見下ろす。ここはチョッピ荒野。プクリポ好みにデザインされた長城には今、無骨な大砲と結界が設置され、チョコクッキーの柱には硝煙の匂いが染みついていた。
日差しが強い。
同じ制服を着た防衛隊員とともに、私は出撃の時を待っていた。
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魔界からヴェリナードに帰国した私を待っていたのは、陛下からのお褒めの言葉としばらくの休暇、そして次の戦場だった。
「最近、防衛軍の志願兵数に偏りが出ているようなのだ」
と、ユナティ副団長は言う。
アストルティア防衛軍は、各地を襲う謎のモンスター軍……どうやら魔界の軍勢ではなさそうだ……に対抗すべく結成された多国籍軍である。
我が魔法戦士団をはじめとした各国の精鋭部隊がこれに参加しているが、専業軍人は裏方として組織を整えるための作業に追われており、前線の戦力は志願兵に頼っているのが現実だ。
「なるほど……」
私は資料をめくった。確かにレポートによると獅子門はともかく、チョッピ、ジュレットの動きが鈍い。
「わかる気はします」
というのが私の感想だ。
チョッピとジュレットでは大砲を使った連携が戦術の肝となる。他と比べると少々敷居が高い。
かくいう私も簡単なレクチャーだけは受けたもののあまり自信がなく、戦線から遠ざかっていた。
「そこでだ。あえて不慣れな貴公の立場から、現場レポートを行ってほしいのだ」
……と、いうわけで、久しぶりにアストルティア防衛軍特別隊員「記録員M」としての出動となった。
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戦場の風が耳ヒレを揺らす。通信機から届く雑音交じりの声が緊張感を煽る。戦闘開始まで、あとわずか。
周囲を見渡せば、いかにも熟練と言った顔の剣士が大剣を磨き、口ひげを蓄えた魔法使いが杖を高らかに掲げ、口元を扇で隠した賢者は地平線の彼方まで見通すような瞳で戦場を観察していた。
正直なところ、足を引っ張るのではないかという不安の方が大きいが……彼らの後についていけば、まあ間違いはあるまい。難しいと評判の大砲役は、慣れた隊員に任せればよいのだ。
私は背負った弓の弦をなぞり、緊張を紛らわしていた。
そして……
「来たぞ!」
メルー公……もとい総帥Mが鋭い声を発する。砂塵の彼方から、サソリに蟻、蜂、怪虫型の魔物軍団が姿を現した。
戦闘開始!
私はまず城門の上から、セオリー通りに援護の呪文を唱える。焦って飛び出すより、まずは準備が重要。そう、落ち着くことだ。
呼吸を整える。
二度のピオリムを唱え、光の理力を振りまき、そして周囲を見渡した時……
そこには誰もいなかった。
「………?」
戦場に目をやれば、7人の隊員が荒野を走っていた。
城壁の上には、出遅れた私と、三門の大砲。
……私が、砲手だと?
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砂混じりの風が、冷や汗に突き刺さった。