城壁の上に取り残された私は、三門の大砲を呆然と見つめていた。
砲台の隣には強化砲弾がゴロリと転がる。まるで早く拾えと急かしているようだ。
どうやら……やるしかないらしい。
私は覚悟を決め、砲弾を手にした。ちょうど、着弾予定地点に闇の色をした魔鐘が出現するのが見えた。
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「魔鐘の音色は増援を呼ぶ。最優先で砲手が対応せよ」
とは副団長のアドバイスだ。私はそれに従い、三つの砲台の間を駆けまわった。
やや点火に手間取ったものの、それぞれの地点に着弾、まずは及第点。荒野に目をやると、隊員たちは着弾地点以外に出現した魔鐘を優先的に対応しているのが分かった。この役割分担が作戦の肝というわけだ。
続いて大量のサソリ型の魔物が攻め込んでくる。砲撃地点をうまくかわしての進軍だ。私は砲撃の手を緩め、弓で応戦。
さらに大型のサソリ……中隊長クラスの敵が攻め寄せる。……が、他の隊員たちが小型、大型ともに手際よく撃退し、城門に被害なし。汗をぬぐう。
……この時点で既に一つ、ミスを犯していることに気づいていなかった。
敵の侵攻がひと段落ついたところで、私は副団長の講義を思いだした。
こちらの支給砲弾を奪って逃走した砲弾アントなる魔物が北東部に展開しているという話だ。
これを倒し、砲弾を奪還できれば後の展開が楽になるとか……
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私は次の戦闘に向けて準備する隊員たちを尻目に一旦持ち場を離れ、北東へと駆けた。脚にはゼルメア産、機動力増強シューズ。通常の6%ほど速度が上がるとの触れ込みだ。
砂の大地に海冥の魔力がほとばしる。私はチョッピの風となった。
だがその風が吹くのが、少しばかり遅かったらしい。
砲弾アントの数は3。野生のモンスターと交戦状態にあった。その隙をつけば、私一人でもどうにかなっただろう。
だが私は先のサソリ部隊との戦いに気を取られ、出遅れていた。
私が彼らの元に到着した時すでに、野生の魔物は壊滅していたのだ。
3対1。鉄の昆虫が周囲を取り囲む。
私の矢が1匹を仕留めたところで残りの2匹が私の手足に牙を喰い込ませた。熱が走る。
……地に落ちる。
混濁した意識の中で、私は愕然としていた。
砲手がいない軍団は、どのような運命をたどるのだ……? 全滅の二文字が脳裏をよぎった。
だが幸いにして、扇を手にした賢者は歴戦の兵士だった。私の異変に気づくとすぐさまかけつけ、蘇生の呪文を唱えた。身体がふわりと浮き上がる。
私は感謝の言葉と共に倒した蟻から砲弾を一つ入手し、そのまま踵を返した。
「敵増援に注意せよ!」
総帥Mが警告を発する。敵の大軍団が迫っているのだ。それ自体は想定通り。
隊員がオトリを使って敵を引き寄せ、砲手がそれを狙撃する作戦である。
だが砲手は今、ここに。城壁までは……遠い!
砂をくぐり、ハリセンを手に、私は走った! ハリセンを手にすると何故か速度が上がることは冒険者の間では広く知られている。
オトリ役の付近までハリセンに引きずられて駆け抜け、そこからは自力で走る! ゼルメア!!
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私が息を切らしつつ長城の階段付近に辿り着いた時、すでにオトリ役はエサを巻き、敵はそこに引き寄せられ始めていた。
オトリの効果はそう長く続かない。間に合うのか!? 階段付近の砲弾を回収し、再び走る!! 6%!!
辛うじて中央砲台に到着! やや手間取りながら砲弾を設置、点火!
敵は今まさに、着弾予定地点に密集していた。
砲弾が大きく弧を描いて宙を舞う。
落ちろ、早く落ちてくれ! 手に汗を握る。
だが……私の願いもむなしく、砲弾は風船のようにふわりと……そのように感じられた……滞空していた。
そして昆虫たちはハタと何かに気づいたように転身。再び城門を目指し始めた。時間切れ……!
轟音が響く。少し遅れて、強化砲弾が着弾した。
サソリの甲殻が乱れ飛ぶ。直撃ではない。仕留められたのは、群れの7割ほどか。
残る3割が、怒涛の勢いで城門へと押し寄せていた。
歯を食いしばる。
私は再び城壁を飛び降りた。これは私のミスだ。私が食い止めねばならない。
私は迫りくる軍団を迎撃すべく、詠唱を開始した。
サソリたちが周囲を取り囲む。私は魔力を集中し宙に浮きあがる。
そして、解放!
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暴走した魔力が爆光と共に砂を巻き上げた。魔法戦士の切り札、全魔力を放出するマダンテの呪文だ。
光の奔流が城壁を激しく照らす。砂は渦を巻き、サソリ達が弾け飛ぶ。そのいくつかは宙を舞い、逆向きに倒れた。
だが……
虚脱と共に地に降りた私が見たのは、爆光を浴びてなお向かってくるサソリの群れであった。
絶望が襲う。
もはや手はない……これまでか!
その時である。
唇を噛みしめた私の前に、青い輝きが走った。