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「戻りの翼を使ってくれ!」
戦士の声が聞こえた。
敵将が結界に迫りつつあるこの状況で、陣地に戻る……?
状況は分からないが、私は従うことにした。少し距離を置き、支給品を空に掲げる。身体がふわりと浮き上がり、光と共に私は上層へと転移していた。
陣地では、遊び人が砲座につくのが見えた。
「敵の大将、痺れさせま~す」
痺れ砲弾を撃ち込む。結界前に到着した敵将の前で薬品入りの砲弾がはじけ飛び、その動きを束縛する。
どうやらしばらく、結界はもちそうだ。
……が、私はどうすればいい?
とりあえず陣地から飛び降り、酒場前に移動する。このまま……敵将を背後から撃てばいいのか?
「鐘の対処を!」
と、戦士の声が再び聞こえた。
私はようやく、敵将とは反対側……南結界へと続く階段に魔鐘が出現していることに気づいた。戦士はただ一人、それと向き合っていたのだ!
慌てて矢をつがえる。と同時に、ことの重大さを理解した。
北は砲撃で抑えられる。が、南北同時攻撃ともなれば対処不能! ここで増援を呼ばれてはひとたまりもないのだ。
矢継ぎ早に矢を注ぎ込み、戦士の剣が黒鋼を打ち据える。
いびつに歪んだ鐘が階段を転げ落ちた。
どうやら、辛うじて阻止に成功したらしい。
だが戦士は即座に動き出す。またも、魔鐘だ! 協力し、中央付近の敵を掃討する。
それが終わった頃……
「支援物資を届けましたよ!」
補給大臣の声と共に、私の目の前にいくつかの物資が投げ込まれた。咄嗟に拾う。金縛りの札だ。これで四枚目、か?
とりあえず、付近の敵は全滅させたようだ。
戦士と目配せをしあい、敵将の元へ向かう。
……もっとも、敵将は痺れ砲弾で動けないはずである。もはや勝ったも同然か。
「痺れ砲弾、弾切れッス。あとヨロシク」
と、私の甘い考えをかき消す声が聞こえた。
敵将が巨体を起き上がらせる。
ここからは、力と力のぶつかり合いか……
だが、遊び人は最後まで勤勉だった。弾切れを知らせるだけでなく、こんな言葉を添えてくれたのだ。
「金縛りでやっちゃって~」
私はつい先ほど手に入れた呪符を反射的に天に掲げた。
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閃光が地を駆ける!
起き上がりつつあった巨体が再び鎖に繋がれたようにうずくまった。
砲撃と金縛り、二段構えの拘束か。
力ではない。戦術で敵を封じ込める。これが戦いの肝だった。
後のことは、簡単だった。
三枚の札を取得した女魔法使いが、敵将が復帰するごとに金縛りを発動し、活動限界ぎりぎりまで足を止め続けたのだ。
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全ての札を使い果たしたころ、敵は稼働時間の限界を超え、撤退していった。
「敵軍撤退を確認! よくやってくれた!」
総帥Mが作戦終了を告げる。歓喜の声が上がった。私は安堵の息を漏らし、掌を胸に添えるのだった。
今回の戦いでは、私を含めて数名の不慣れな隊員が参加していた。
無事に防衛できたのは、ベテラン隊員からの適切な声掛けが大きかったというべきだろう。
だが声掛けは、やり方を誤れば「命令」となり、かえって不和を呼ぶ。冒険者は自由を貴ぶのだ。
それだけに難しいことなのだが……あの遊び人を初めとして、彼らは嫌味にならないようなやり方で適切に対処法を教えてくれた。
案外、最高の隊員に求められるのは、最高のコミュニケーション能力なのかもしれなかった。
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「なるほど、興味深い報告だな」
ユナティ副団長は私のレポートを読み、深くうなずいた。
「ところで、チョッピとジュレット、二つの作戦に参加してもらった上で貴公の意見を聞きたいのだが……どちらが難しいと思う」
「……そうですね……」
どちらも難しい作戦だ。だがジュレットの戦いでは、砲撃手が単独で動くことができる。
一方、オトリ役との連携が必要となるチョッピでは、オトリ札を取得した者が適切に動いたうえで、砲手も適切に動かねばならない。
その意味では、やはりチョッピの難易度が上回るだろうか……
「なるほど、参考にさせてもらおう」
副団長はなにやらのメモを手元に書き込んでいた。
さて、防衛軍での私の任務も、今度こそ完了。
改めて、このレポートが誰かの役に立つことを願っておこう。
魔法戦士団の斥候によれば、魔界ではまた大きな動きがあったらしい。近く、あちらに舞い戻ることになりそうだ。
だが、その前に……
「何をしているのだ?」
「いえ、クイーン総選挙の投票を……」
予選にご出馬あそばされたディオーレ女王陛下に、票を投じておかねばなるまい。
魔界での旅が終わるころ、陛下の彫像が用意されていることを祈って……
ジュレットの潮騒が私の背中に、名残りの潮風を届けた。
……再び、魔界へ。