「ううむ……」
私はあごに手を当て、その光景を覗き込んでいた。
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私の目の前に、二つの仮面がある。
灰まみれの門に張り付けられたその仮面は病的なまでに白く、顔面に穿たれた風穴の様な二つの瞳は、あらゆるものを吸い込む闇の色に染まっていた。
風に揺らめく燭台がそれを真下から照らす。
灰の中に青白い顔が浮かび上がり、来訪者に虚ろな視線を投げかける。生温かい風が門の間を抜き抜けると、苦悶の声にも似た音が街道に響き渡った。
「ふむ……」
私は腕を組んだ。
「これは、アレだな」
猫魔道のニャルベルトも杖を鳴らす。
「アレだニャ」
妖精のリルリラも、空中に頬杖をつく。
「アレだねえ」
我々は互いに見つめ合い、頷きあうのであった。
* * *
私の名はミラージュ。ヴェリナードの密偵として、仲間と共に魔界情勢の調査を行っている。
閉鎖された関所に代わるファラザードへの入国ルートを探し、我々はここにたどりついた。死せる国、ネクロデアに。
廃墟と化した街の門には、不気味な仮面。
我々は半開きになった蒼白の唇をまじまじと見つめ、唾をごくりと飲み込んだ。
「……喋るかニャ」
ニャルベルトがぐっと顔を近づける。一瞬、仮面がピクリと揺れたように見えた。
「これは喋るね」
リルリラが両手をわきわきと握った。
「間違いなく喋るな」
私は断言した。特に根拠はない。
仮面はまた震えたようだ。
「やっぱ台詞は"ひきかえせ"だよね」
「定番だな」
またも三人、頷き合う。冒険者と不気味な仮面。これはお約束という奴だ。
我々は仮面を取り囲み、今か今かとその時を待ち続けた。
火が揺れる。仮面の影が少し歪めんだ。
「………」
風の音が仮面の口元を通り過ぎた。
「ひ……」
「おっ、来たニャ!」
猫が跳びつく。
「ひ……」
妖精も飛び寄る。
「ひ……」
私も耳を近づける。
……そして激しい風が仮面をカタカタと揺らし、ついにその瞳に青白い炎が宿った。
「……ひどいだろお前ら!」
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「そんな風に待たれたらやりづらいってわかるだろ! だいたい持ちネタを先に言われたこっちの気分も考えろよ!」
憤怒の形相を露わにした仮面は矢継ぎ早にまくしたてた。
もう片方の仮面も同じく唾を飛ばす。
「そうだ! わかってても知らないフリして驚くぐらいの気づかいは必要だろ!」
どうやらマナーがなっていなかったらしい。我々は丁重に謝罪し、門を通ることにした。
「あ、ちなみに」
と、私は振り返り尋ねた。
「この付近にファラザード方面に抜ける通路があると聞いたんだが……」
「情報収集すんな! さっさと行け!」
どうやら機嫌を損ねたらしい。我々はそそくさと門を離れ、旧市街地へと向かった。