ネクロデアは鉱物資源と鍛冶技術により栄えた街である。中でも暗鉄鉱と呼ばれる希少な鉱石は硬度や加工性だけでなく呪術の媒体としても優れた適性を示し、数々の呪具、魔導器を世に送り出したとか。
だが200年ほど前。栄華を極めたネクロデアは、その鉱物資源を狙ったバルディスタの襲撃によりあっけなく滅んだという。
バルディスタは鉱山から目ぼしい資源を洗いざらい持ち去ると、この地を支配することなく捨て去った。
以来、この地は死者の怨念が漂う呪いの地と化しているのだという。
生温かい風が悲憤の灰を舞い上げ、廃墟となった街には涙雨のごとく、常に灰が降り注ぐ……
……とのことだが。
「降っとらんな」
私は手をかざした。灰は降り積もっているが、新たに降り注ぐことは無い。噂と違う。リルリラは空を見上げた。
「今日は天気がいいんじゃない?」
……と、聞き慣れない声がそれに答えた。
「今日も明日も、天気は良い」
振り向けば、またも仮面。この街にはいたるところに同じデザインの仮面が飾られているようだ。
我々は先の失敗を思い、しばし顔を見合わせた。
そして猫が進み出た。
「ニャー、仮面がしゃべったのニャー」
妖精が追随する。
「わーびっくりしたー」
私も倣う。
「これは驚きだなあ」
「お前らな」
仮面はため息をついた。
「門番の奴らから聞いてるぞ」
「ああ、連絡とれてるんだ」
「少しも怖がらんとは、脅かし甲斐のない奴らめ」
仮面は口を尖らせた。
だが我々などまだ優しい方だ。巷で"ビルダー"と呼ばれる総合建築家……あるいは破壊と創造の化身……ならば、有無を言わさずハンマーで砕き、素材として持ち帰っているところである。
「それでさ」
と妖精が仮面に尋ねる。
「天気がいいって、どういうこと?」
「ふふふ……聞いてくれるか、旅人よ」
仮面は口角を上げた。意外と器用である。
「我らの無念は、ついに晴らされたのだ!」
話し好きの仮面は、我々に様々な情報を与えてくれた。
白く晴れやかな表情で彼は語る。
この街を襲ったバルディスタの将軍ゾブリスの非道。民草の無念。
王子と封印の剣。呪術師。
そして仇敵を打ち倒した英雄達の物語を。
「我らの呪縛も、ついに終わる時が来た。後はただ、消えゆくまでの時間を過ごすのみ」
満ち足りた表情で彼は語り終えた。
なるほど、ホラーになりきれないわけだ。
うち捨てられた廃墟は一見おどろおどろしいが、どこか安らいだ風が吹いている。降り積もった灰も、いずれ流れていくだろう。
「それで、暇つぶしに旅人を脅かしてるわけか」
「まあな。生き甲斐は必要だ」
こともなげに彼は言った。バイタリティに溢れた死人である。
「お前ら、ファラザードへの道を探してるんだろ」
と、彼は自ら水を向けた。
「それなら南の浜辺の方だが、装置を動かさないと渡るのは無理だぞ」
「動かし方は?」
「タダじゃ教えん」
すぐさまリルリラが私の懐をまさぐった。
「6ゴールドぐらいでいい?」
これはエルトナに伝わるサンズ・リバーの渡し賃に因んだジョークなのだが文化が違ったようだ。
「この辺をうろついてる霊の中に、まだ現世に未練を残してる奴らがいるんだ。そいつらの頼みを聞いてやってくれんか。そうしたら教えよう」
こうして、我々は死者の都の便利屋として、各地を駆け回ることになった。