二つの太陽が魔界を照らす。
硝煙と土煙が雲のように地を覆う。
戦場に数多の星あれど、輝くべき光は一つ。
鬨の声が空に響き、軍靴の音が大地に満ちる。
バルディスタ国境付近の山岳地帯にて、後に魔界大戦の名で呼ばれる戦いが幕を開けた。
* * *
私の名はミラージュ。ヴェリナードに仕える魔法戦士である。
旅商人を装い魔界情勢を調査する私は、様々な成り行きから、今はファラザードに身を置いている。
ファラザード王ユシュカは、ゼクレス魔導国によるバルディスタ攻撃の報を受けるや否や、それと連動して一気に軍を動かした。
傍観を決め込むかに見えたゼクレスの参戦は私にとっては意外だったが……何らかの密約があったと見るべきだろう。彼が待ち続けていた鐘の音とは、このことだったのである。
これをうけ、バルディスタ国境まで軍を引いた魔王ヴァレリアは山岳地帯で両軍を迎え撃つ。
何度かの小競り合いを経て、ここにバルディスタ対ゼクレス・ファラザード連合軍による一大会戦が始まったのである。
私はそれを遠くから眺めていた。
ヴェリナードに仕える私が剣をもって切り込むわけにはいかない。あくまでいち商人として、銃後の備えに徹するのみ。
とはいえ、私が全くの傍観者だったかといえば、それも違う。
物資の流通に携わる中で、軍との接触も増える。前線部隊への物資輸送を手伝うような場面も一度や二度ではなかったのだ。
戦とはすなわち兵站である。
自国で守備に回るバルディスタと違い、ファラザードにとっては砂漠を超えた遠征となる。補給線が長ければ長いほど、軍は脆くなるものだ。
たとえ一千の兵を率いて出陣しようとも、兵站が整っていなければ脱落、逃散、暴動の類を招き、戦場に辿り着いたころ、兵力は百にも満たない、などということもあり得る。
将の役割は一千の兵を一千の兵として戦わせることが第一であり、戦場指揮、作戦立案などといった些事はその後のことなのだ。
交易で栄えたファラザードの王だけあって、そのあたりの事情はユシュカ王もわきまえたものだった。事前に物資を蓄え、輸送隊にも十分な人数を割いた。
だがこれほど大規模な行軍は彼らにとっても初めてのことである。小さな綻びはあちこちで噴出していた。
私は臨機応変にそれを補う遊撃隊のような形で、物資輸送にあたる日々を送っていた。
その途中、ゲルヘナに待機していたヴェリナードの斥候と接触し、これまでの調査結果を託すことができたのは幸運だったが……ま、それはまた別の話である。
その日、私は丘の上に築かれた即席の前線基地まで出向き、必要資材の搬入を行っていた。
だから、戦いの一部始終をこの目で目撃することができた。
魔界三国の、そして魔界自体の命運をかけた決戦。
……これは、その戦いの記録である。