漆黒の鎧が鋼の壁となって押し寄せる。バルディスタを象徴するブラックアーマー。鉄血と暴力が戦場を黒く塗りつぶす。
岩山に設置された前線基地にはいくつもの砲門が並び、弾丸の雨を降らせていた。
戦端を開く役割を果たしたゼクレス軍は、ファラザード軍の到着を見てやや兵を退いた。入れ替わるようにユシュカ率いる傭兵部隊が波状攻撃を仕掛ける。
だが精強なバルディスタ軍はこれを跳ね返し、膠着状態へと持ち込んだのである。
ゼクレス軍は後方で静観。ファラザード、バルディスタによる消耗戦が開始されつつあった。
ファラザードは苦戦していた。
ファラザード軍は正規兵の割合が低く、傭兵部隊が主力である。個々の戦闘力は高く瞬発力に長けているが、組織力に劣り、粘り強さに欠けている。正面からの激突では統制のとれたバルディスタに分があった。
ユシュカ王もそれは分かっていた。
軍と軍の戦いでバルディスタを破ることはできない。だからこそゼクレスとの連合という奇策に出たのだが、ゼクレスの消極的な戦いぶりは計算外だったに違いない。
このままではじりじりと競り負け、ファラザード軍の損害が広がるばかりであることは誰の目にも明らかだった。
ゆえに彼は乾坤一擲の策を講じた。彼の手にした魔剣"アストロン"である。
呪術的装飾を施されたその曲刀は魔界の太陽を照り返し、炎のように赤く輝く。ネクロデアの暗鉄鉱で作られた、世界にただ一つの魔剣である。
ひとたび傷を与えれば、いかなる敵をも物言わぬ石塊へと変えてしまうこの魔剣をもって、魔王ヴァレリアを討つ。
それで戦は終わる。
バルディスタをバルディスタたらしめているのは、ヴァレリア個人の武勇にすぎない。これを取り除けば屈強な軍団もたちまちのうちに烏合の衆に変わるのだ。
そしてファラザードの若き魔王は、まさに望んだ形に戦いを持ち込んでいた。
氷の鉾槍が魔剣とにらみ合う。魔王同士の一騎打ちである。
この一騎打ちが実現したのは、ある冒険者の働きが大きい。
かつてはユシュカ王直属の従者だったというその冒険者は単身、バルディスタの前線基地に乗り込み、まさに一騎当千の戦いを演じて見せたのだ。
一陣の風が黒鎧の群れをなぎ倒し、砲座を砕き、土塁をも決壊せしめた。バルディスタの精鋭たる竜騎兵を率いた大隊長がこれを迎撃するも瞬く間に突破され、ついには師団長、将軍直属の手勢までも引き出すことに成功した。
この活躍によりバルディスタ軍は分断され、ユシュカはヴァレリアの本陣に切り込むことができた。影の英雄と呼ぶべきだろう。
だが、私は一つの疑惑を抱いていた。
魔族に扮してアストルティアから潜入している冒険者は、私一人ではない。既に何人かと接触している。本物の魔族との見分け方も、なんとなくだがわかっていた。
その経験から判断するに……件の冒険者も、アストルティア人のように見えたのだ。
もしそうだとしたら……魔族同士の戦いに、一体、何を思ってあそこまで戦えるのだろう。
また一つ、いや一かたまり、黒鎧がはじけ飛んだ。その戦いぶりに、迷いは見えない。
ファラザードを勝たせることが、アストルティアを守ることだと信じているのか。それとも単にユシュカとの友情か。
あるいは、私の預かり知らぬ、もっと別の何かのためなのか……
その答えも、戦火の彼方だ。冒険者の姿は兵たちの中に紛れ、見えなくなった。