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「何だ!?」
兵たちが騒めいた。
轟音と共に地が揺れた。禍々しい光が天から注ぎ、全てを蹂躙する。光条が戦場を薙ぎ払う。ファラザード兵が、うめき声すら上げずに光芒に呑まれる。光の通り過ぎた後には、灼けた土以外に何も残らなかった。
「バルディスタの新兵器か!」
だが漆黒の鎧もまた、その光の中に消えていく。ファラザード、バルディスタ両軍を巻き込む無差別攻撃だ。
私は空を見上げた。光の源は……驚愕に顔が歪む。あれはかつてアストルティアを襲った、あの"災厄"そのものではないか……!
地響きと共に"それ"は脚を踏み出した。戦場を覆う巨体。甲冑の様な甲殻の内側にむき出しの筋繊維と、禍々しい魔光が蠢く。赤い眼光が大地を睨むと、額に輝く第三の瞳が光条を放ち、次々に戦場を焼き払っていった。
阿鼻叫喚。私は戦慄した。これは戦闘云々という規模の攻撃ではない。戦場自体を埋め尽くす、魔光の飽和攻撃である。
轟音。閃光。両軍は次々に光の中に消えていった。
「退け! 退けい!」
ヴァレリアが撤退命令を出す。ユシュカの姿は、見えない。副官ナジーンもだ。
戦場は混乱状態にあった。傭兵達は各自の判断で撤退を開始する。正規兵もそれに続く。殿も隊列も何もない。潰走状態となった。
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そこから先は、地獄だった。
我々は敗走する兵士たちをなんとか支え、逃走を助ける。戦場は火の海と化していた。
「ゼクレスの裏切りだ!」
誰かが叫ぶ。だがその真偽を確かめる時間すら惜しい。一刻も早く、ここから離れるだけだ。
追撃がないことだけが、唯一の救いだった。
どれだけの兵が犠牲になっただろうか。
我々がほうほうの体でファラザードの関所を潜った頃、後方から小さな歓声が上がった。
ユシュカ王の生還が確認されたのである。
だが、歓声はすぐにしぼんでいった。
砂漠の王が、力なく母国の砂を踏みしめる。自信に満ち溢れていたその顔は、見るも無残に憔悴しきっていた。
ファラザードの民は、生還した王の姿によって、自分たちの敗北を悟った。
それはファラザードにとっても、ユシュカ個人にとっても、大きな敗北だった。