砂の都に影が落ちる。バルディアの会戦から一巡り、戦況はやや停滞していた。
商人として再起を支援する傍ら、私は自分なりに状況を分析していた。
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ファラザード・バルディスタは共に大きな打撃を受け、現時点ではゼクレスの一人勝ちといって良いだろう。
だがこれで両国の敵意はゼクレスに向くことになる。ゼクレスは孤立を余儀なくされる。
目の前の一つの勝利の為に、あらゆる方面の信頼を失う。それが裏切りというものだ。
ゆえに、裏切りによって得られた勝利は戦の趨勢を決定づける、絶対的なものでなければならない。
その観点からすると、ゼクレスの動きは緩慢に過ぎるようだった。
ゼクレスは一気にバルディスタに攻め入るでもなく、ファラザード侵攻にきりかえるでもなく、ただ両軍に打撃を与えただけで軍を退いてしまった。
別働隊によるバルディスタ本国強襲も行われたと聞くが、残存兵力だけで乗り切れる程度の小規模攻撃に過ぎなかった。
力を誇示しただけで満足してしまったのか、それともあの魔光を放つ怪物がそれほど便利なものではないのか、そのあたりの事情は定かではないが……
時間を与えれば傷は癒える。憎悪の炎が傷跡を焼き、二度と消えない遺恨となって彼らに襲い掛かるだろう。
ことにバルディスタには、まだ奥の手がある。そう、私がバルディスタへの旅で目撃した禁断の兵器、魔瘴弾だ。
私の知る限り、先の会戦では魔瘴弾の使用は最小限に抑えられていた。例の従者殿が砲撃基地を破壊してくれたおかげもあるが……自国領内での防衛戦で汚染兵器をばら撒くほど見境のない彼らではなかったというわけだ。
だがもはやバルディスタにも後がない。次の戦いでは躊躇なく禁を解くだろう。無論、ゼクレスはあの怪物をもって対抗するに違いない。
私は禁断の兵器同士が激突する様を思い浮かべた。魔瘴が大地を汚し、魔光が森を焼き尽くす。それは終末戦争を思わせる光景だった。
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「どちらが勝っても、被害は甚大……そして魔瘴汚染は拡大するばかり、か」
そうなる前に、ファラザードも何らかの手を打たねばならない。
軍部は部隊を再編成し、辛うじて再出撃の陣営は整った。
だが肝心の王が自室に引きこもったままでは仕方がない。
業を煮やした軍は特攻隊長と件の従者殿を中心として、独自の判断で動き始めた。大部隊が囮となって敵軍をかく乱し、精鋭部隊がゼクレス内部へと潜入する……奇襲作戦だ。
ユシュカ王はそれを止めるでもなく、認めるでもなく、扉の向こうで沈黙を守り続けた。
呼びかけるイルーシャの声も、届いているのかどうか……
巫女殿はため息と共に、部屋の前から戻ってきた。
私はちょうど、リルリラと共に医薬品を届けに、宮殿を訪れたところだった。