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魔導兵が魔力を込めた矢を放つ。鈍く輝く矢の雨を掻い潜り、ファラザード軍は進撃した。
私は盾を構えつつゆっくりとユシュカ王の後を追う。パラディンのように、とはいかないが、矢盾の代わりぐらいにはなる。かすり傷程度なら、我慢だ。
「ニャルベルト、後ろを頼むぞ」
「合点ニャ!」
猫魔道のニャルベルトは得意のニャルプンテを準備している。万一、敵に接近されることがあれば彼がこの技で敵を惑わせ、その隙に逃げる算段だ。
リルリラはファラザードに置いてきた。彼女には怪我人の治療という仕事がある。そっちの方が似合っている。
前線で雄叫びが上がった。獣人族の特攻隊長が敵をまとめて薙ぎ払う。
「こごはオデにまがせて、さぎに行げえ!!」
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特攻隊はファラザードでもあぶれ者だった裏通りの魔物達を中心とした異色の部隊だ。規格外の膂力が、死角からの奇襲がゼクレス兵を襲う。
これはかなりの成果を上げたようである。
下等と蔑んでいた魔物達に蹂躙されるゼクレス兵は、屈辱の極みだろう。この国では生まれの尊さがすべて。魔物や余所者は、それだけで二等市民だ。
私はふと、ゼクレスで知り合った何人かの顔を思い出した。
彼らが戦いに巻き込まれていなければいいのだが……そんな虫のいい思いが脳裏をよぎった。
今、攻め込んでいる軍勢の中に身を置いておきながら、なんという恥知らずな……!
「よし、任せたぜ特攻隊! 本隊は一気に駆け抜ける!」
ユシュカのよく通る声が戦場に響いた。
私とイルーシャも本隊に追随する。下手に足を止めるより、かえって安全だ。
こうして私はゼクレスの外門をくぐり、かつて商人として過ごした街へと攻め入った。
美しい魔導光で宝石のように輝いていた貴族屋敷の窓は、今は固く閉ざされ、街路灯だけが街を照らす。
街が怯えている。戦火と裏腹の、寒い風が吹いた。
一方、ライトアップされたエルガドーラ像は今なお傲然と、迫りくる軍勢を見下ろしていた。
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誰かがその横顔に矢を放った。鉄面皮がはじき返す。
「一直線に城を目指せ! 街をどうこうしてる暇はないぞ!」
ユシュカ王の凛とした声が、兵たちの沸騰した意識を敵城へと向ける。彼らの顔には剽悍な戦士の表情が浮かんでいた。
先頭に立ち軍を指揮する王。これは英雄である。そして英雄の元で戦うことは、従う兵全てを英雄にする。
今、彼らの頭には街からの略奪、蹂躙などという考えは欠片も存在しなかった。英雄的戦闘をせよ。ユシュカ王の堂々たる姿が無言のうちにそう告げるのだ。
「兵をその気にさせる、というのは王として最大の素質かもしれんな」
「その気にニャった奴らってのは、だいたい厄介だけどニャ」
「味方なら、頼もしい」
私は彼らの後を追って街を駆けぬけた。イルーシャも続く。
バルナバス、ベルント翁、ルクバス、ドロステア……いくつかの名前を思い浮かべながら流れていく街の景色に目をやる。
無事でいて欲しいものだ。いや、無事だろう。
私は視線を戦場と、イルーシャに戻す。
ゼクレス魔導城は目と鼻の先だった。
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(続く)