王太后の魔杖が光を放ち、二度目の魔光照射を強行する。魔人は苦しみ悶えながらも、第三の目から次なる光条を打ち出した。
二発分の魔光が氷の魔女に襲い掛かる。
魔光が飽和し、爆発した。
ベルトロが絶叫する。
「ヴァレリア!!」
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魔王の姿は光の中に消えた。轟音と爆発が巻き起こる。生死は不明だが、少なくともただではすむまい。
私は幼いころに聞いた、"小さな勇者"と大魔王の物語を思いだしていた。
大魔王は絶大な力を持ち、最強の名をほしいままにしていた。必殺と呼ばれた勇者の"竜闘気砲呪文"すら、受け止めて見せたという。
だが彼は強すぎた。受け止めることができたがゆえに、彼は二発目の竜闘気砲呪文を浴び、二発分の闘気をその身に浴びる羽目になったのだ。
ヴァレリアも同じだ。彼女は、そしてバルディスタは強かった。ゆえにバルディアの会戦ではファラザードとゼクレスの両方を敵に回すことになり、今また魔光の二重攻撃を受けることになったのだ。
「強すぎるっていうのも、あんまりいいことじゃないよね」
小さな勇者はそう言った。
魔界大戦。最初に脱落したのは、最強と呼ばれた魔王ヴァレリアだった。
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ベルトロは即座に軍を退き上げさせた。ヴァレリアなくしてバルディスタ軍の統制は成り立たない。屈強な兵達も既に烏合の衆だった。
皮肉にもあの会戦でユシュカがやろうとしたことを、ゼクレスはやってみせたことになる。
そしてヴァレリアと入れ違いに魔人に踊りかかるユシュカの手には、あの日、ヴァレリアに届かなかった魔剣アストロンが握られていたのである。
彼は無謀とも思える特攻を仕掛けた。魔光の発射口である第三の目に向かって飛び込んでいったのである。
誰かが悲鳴を上げる。ヴァレリアすら焼き尽くしたあの光に、ファラザードの魔王が飲み込まれる姿を幻視した。
ユシュカは怯まない。
勝算はあった。二連続の魔光放射で魔人は苦悶の呻きを上げていた。負荷がある。
三連射はない。……はずだ。
だがそれでも捨身には違いない。
「やれい!」
エルガドーラが魔杖を振り上げる。魔人の瞳が暗く輝く。それが収束し、光となる。魔人が悲鳴にも似た雄たけびを上げる。エルガドーラが舌打ちする。収束が遅い!
そして魔光が光条となって打ち出される刹那……ユシュカの剣が先に届いた。
音もなく暗鉄鉱の刃が第三の目を抉る。魔剣が赤く輝き、恐るべき魔力を解放する。
「ぬうっ!?」
エルガドーラが初めて顔を歪める。
魔人の額が石のように渇き、鉄塊と化し、それが全身へと広がっていく。もはや身動きすらとれない。ファラザード兵が歓喜の雄たけびを上げた。
だがエルガドーラもまたゼクレス最高の魔女である。切り札が為す術もなく無力化されていくのを黙ってみている筈がなかった。
「おのれ…下賤な猿どもが!」
城壁が歪んだように見えた。彼女は怨嗟の怒号と共に杖を掲げた。
黒い光が空を覆う。怒りを、傲慢を、魔杖に乗せて呪わしき魔力を解き放つのだ。
戦場の全てを、ゼクレスの全てを覆い尽くすような重苦しく、支配的な圧力が場に満ちていく。
魔人の身体が痙攣を起こしたように跳ねあがる。
ユシュカは魔剣を押し込み続けた。
二つの呪いが魔人の肉体を蝕む。
血の涙が溢れた。
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ユシュカは今、己の業を感じていることだろう。
イルーシャから聞くところによれば、あの剣は、そしてあの魔人は、彼にとって……
だが今の彼は、王として立っている。自ら名乗っただけの王ではない。他者により押し上げられ、他者の命を背負い、故にどこにも逃げ場がなく、またそれ故に強い。
業炎が王の瞳を燃やした。赤く黒い灯火が、我が身も焼けよと燃え盛る。
イルーシャは真っ直ぐにそれを見つめていた。戦いの高揚も死の恐怖も無く、ただ澄んだ、強いまなざしだった。
やがて黒光が弾け、一瞬の爆発と共に消えた。魔人が苦悶の咆哮と共に激しく体を揺らした。
と、同時にエルガドーラもまた弾けるように痙攣し、ぴくりとも動かなくなった。
憎悪と共に命までも放出しきったかのような、生気のない顔だ。オジャロスが狼狽する。
そして魔人もまた動かなかった。
このまま全身を鉄塊へと変えるのか?
否である。
物言わぬエルガドーラが倒れる。と、同時に魔人は、その怨念を燃料とするかのように再起動した。
ユシュカは舌打ちし、魔剣と共に魔人の額から飛び降りた。
地響きが大地を揺るがし、魔人は再び立ち上がる。だがその額は半ば鉄塊に変えられたままだ。力は半減している。
ユシュカは剣を構え、背後の従者に呼びかけた。
「頼む。共に戦ってくれ!」
それは命令ではない。
従者は、いや王の友は彼の言葉に応え、魔王と肩を並べた。
(続く)