鉱石ランプが無機質な光を投げかける。揺らめくこともなくただ均等に、卓の上と、不機嫌なダルルと、顔をひきつらせた私とを無慈悲に映し出す。
私に逃げ場はどこにも無かった。
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過去を語ろう。
かつて私はある事件を追って、このガタラを訪れた。
調査にはギルドの力が必要だった。私は身分と名前を偽り、盗賊ギルドに入団したのである。
もっとも、ダルルには…
「途中からバレていたようだが」
「違うね」
ようやくダルルが口を開いた。
「最初から、さ」
「……そうだったな」
彼女は私に裏があることを見抜いていた。私もまたそれを承知の上で表向き、ギルドの一員として働いていた。
互いの手の内を探り合うその関係は不思議と心地よかった。私はダルルの力を認め、ダルルもまた私を買ってくれた。
そして私は当時ギルドが抱えていた問題の解決に手を貸す代償として、必要な情報を手に入れた。
ダルルとはそれっきりだった。
女盗賊は不機嫌な唇に地酒を流し込む。
「……あんたがここに来た理由はよくわかったよ。防衛軍とかいうのを上手く回すには、確かにアタイらの助けが要る」
ギラリと冷ややかな瞳が私を睨んだ。
「……けど、アタイがあんたを許す理由はどこにあるんだい?」
とげとげしい視線が私に突き刺さる。
無理もない。事情はどうあれ、私はギルドを偽った。それを見逃してくれたのは、ダルルの温情だったのだ。
住む世界が違う。そう言って互いに背を向けた。
それがこうしてぬけぬけと現れて、以前と違う名を名乗り、頼みごとをしようというのだから。
「魔法戦士ってのは、面の皮が厚いらしいね」
ダルルは言った。私は仏頂面で答える。
「私だって恥は知ってるつもりだ。二度と顔を出すわけにはいかないと思っていた。この任務も一度は断った」
「でも受けた」
冷ややかにダルルが返す。私は言葉に詰まり、肘を卓に突いた。
「……だからこうして酒を奢ろうというんだ」
「フン…」
私は地酒をちびりと口に含んだ。口中に苦みが広がる。ダルルは同じ酒を一気に飲み干すと、眼を閉じたまま大きく息を吐いた。
そして…
「ウェイター!」
と、彼女は年代もののヴィンテージワインを注文した。値札には、ドキリとするような数字が並んでいる。
私の首筋に冷や汗が浮かんだ。
「おいおい、お手柔らかに頼むぞ……?」
「どうせ経費で落とすんだろ」
ダルルはまだ視線を合わせようとしない。
「……これは自腹だ」
私は憮然として言い放った。
ふうん、と、ようやくダルルは顔をこちらに向けた。
小柄なドワーフ女が私を見つめると、自然と見上げる形になる。挑戦的な視線だ。
私は居心地の悪さを感じながらも視線をそらさなかった。
「これは私の個人的な謝罪だからな」
本音である。
そもそもギルドの協力を取り付けるだけなら、ぬけぬけと言えばいいのだ。「お初にお目にかかる」と。
ガタラ防衛はギルドの務めでもある。ダルルは淡々と引き受けるだろう。その代わり、私は彼女から永遠に軽蔑されることになる。
ただそれを避けたいが為に、私は回りくどいことをしているのだ。
「……そうかい」
ワインの届く音がした。ダルルは私の真面目くさった表情を肴に、それを味わった。……実に美味そうだ。
そして彼女は意地悪く微笑むと、再びウェイターに手を振った。
「もう一本、同じ年代のを頼むよ」
「おいおい……」
私は財布にちらりと視線をやり、またも冷や汗をかいた。ダルルの顔には、悪魔の笑みが浮かんでいた。
「みっちり搾り取ってやるから、覚悟しな」
ダルルは届いたワインを私に勧め、グラス同士をカチリと合わせながら肩をすくめた。
「これはアタイの個人的な嫌がらせさ」
私は観念した。
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ダルルは赤いワインを緑色の喉に次々と流し込んでいった。
私も同じものを口に注ぐ。滑らかな感覚と、心地よい苦みが喉の奥に広がっていく。
ささやかな宴。酔いが回り、鉱石ランプの光が滲む。
注文のたびに青ざめる私の顔を見て、ダルルは笑った。
私の財布が悲鳴を上げ、私の視界にピンクのイルカが飛び回り始めた頃、ダルルはようやく私を許す気になったらしい。
「……で、何をすればいい?」
女盗賊は怜悧な瞳で窓の外を見つめた。
守るべきガタラの夜景が広がっていた。
* * *
こうして我々は盗賊達の協力を取り付けることに成功した。
現地住民の協力のもと、防衛施設の設営が開始される。入り口にバリケードを、要所に砲台を、そして防衛目標地点に結界を……
全ては順調に思えた。
だがその時である。
「ちょっと待ってくだせえですよッ!」
我々の前に、思わぬ障壁が立ちはだかったのである。