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カルサドラ火山から吹く渇いた風が、火山灰と共に私の背びれを撫で、ガタラの町並みを通り過ぎる。石造りの家屋は全体的に小ぶりで、派手さはないが質実剛健。ドワーフ族の確かな建築技術を物語っていた。
その景色に、無骨なバリケードと矢盾が加わる。物々しい空気が、のどかな岳都に漂い始める。
ガタラ防衛戦の準備は着々と進行していた。
盗賊たちの力を借りて住民達を説得し、魔物達の動きを探り、何度かの小規模な襲撃から敵の侵攻ルートを予測。
そして敵の最終目標地点と思われるのが…
「ここか」
「ええ」
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やや遅れて現地入りしてきたユナティ副団長は、その粗末な建物を目の当たりにして、顔をしかめた。
「なんということだ…! 既にここまでの被害が出ているとは…」
半ば崩れ落ちたその家屋に駆け寄る。
「これではまるで…ガラクタの寄せ集めではないか!」
「…いえ、これは…」
誤解を解くのに、やや時間が必要だった。
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乱杭歯のように粗雑に組み合わされた木材。つぎはぎだらけの壁。柱は傾き、時計は止まり、欠けた歯車が不規則に並ぶ。壊れた木箱や崩れっぱなしの瓦礫がゴミ山のように重なり合い、住居として成り立つかどうか、ギリギリの状態の建築物。
「…いや、ギリギリアウトだろう、これは」
副団長が呆れた吐息を漏らした。
これぞガタラのガラクタ城。この街の名物であり、住民に言わせれば"汚点"である。
「むきゃーー!! もきぃーー!!」
そして、その脇で奇声を上げているのが、今回、我々に立ちふさがった障壁…ガラクタ城の城主ダストン氏である。
「アンタ! アンタが責任者ですかっ!!」
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ダストン氏は毬のように跳ねるとユナティ副団長に詰め寄った。ドワーフ離れした身のこなしだ。
「わしのステキな城をあんな…ぐももっ! で…もきぃーっ! なモノで取り囲むなんて…あぎゃぎゃっですよっ!!」
「…ミラージュ、通訳を頼む」
「外部委託します」
私は彼の傍らに佇む執事に通訳を依頼した。執事ポツコンは丁寧に一礼し、こう語った。
「ダストンさまは防衛軍の設備が気に入らないんです」
「そうなのか?」
副団長は身をかがめ、ドワーフ二人に顔を寄せた。
「どこかに不備が…? 是非意見を聞かせてほしい!」
「むきゃーっ!!」
ダストンは飛び跳ねた。
「もうアレときたら…いかにも、もきぃっ! で…もう、あぎゃぎゃっ!ですよ!」
「はい、ダストンさま。機能的で無駄がなく、実用的ですよね」
副団長は困惑の表情を浮かべた。
…ここで解説せねばなるまい。ダストン氏は非常に独特の価値観を持った人物で、役に立たないガラクタばかりを収拾している。このガラクタ城も、彼に言わせれば宝の山なのだ。
「いーえっ! 宝なんてとんでもねえです! こいつは正真正銘、ガラクタの山ですよっ!」
彼は恍惚とした表情で噛みあわない歯車を撫でまわし、穴の空いた桶に頬擦りした。役立たずほど愛おしい。そういう人物なのだ。
「それにひきかえ、外のアレは本当に…!」
と、拳を震わせる。
「だいたいアンタも気に入らねえです! いかにも優秀そうで、役に立ちそうで…そんな奴に用はねえですよっ!」
ユナティ副団長も怯まざるを得ない。実に厄介な人物である。
「だが…ここが魔物達に狙われているのだ。街を守るためにも、迎撃施設は作らねばならん」
「むぐぐ…わしのステキなガラクタを狙ってくるとは……ぐももっ!な魔物どもですよっ!」
ダストンが地団駄を踏むとガラクタ城から埃が舞い降りた。
…実際のところ、魔物が何故こんなあばら家を狙ってくるのか、当局もその意図を測りかねていた。
一つ、可能性として考えられるのは、ダストン氏自身がターゲットというケースだ。
彼はこう見えても昨年度のアストルティアナイトであり、ドルワームの名物男である。あのヒューザを倒した男なのだ。
「そして、それ以上に…」
副団長が静かに指摘する。
「貴公にはかつてナドラガンド騒動の際、"蛇"の男から狙われたという実績もある。いわば国際的な重要人物だ」
「こ、コクサイ? 重要!? くきぃーーっ!! 勘弁してくだせえっ! またわしを監禁するつもりですかっ!!」
ダストンは柱の陰に隠れて震え始めた。実際、彼を隔離しようという案もあったのだが結局上手くいかなかった。
「もう一つの可能性としては…」
と、私は城の中に立ち入り、グルリと周囲を見渡した。
居並ぶガラクタ。奇妙な彫刻の施された石柱、何らかの装置の残骸、かつて武具だったものの成れの果て…
「…このどれかが実は価値のある品物で、それを敵が狙っている、というケースですな」
無数のガラクタが、一斉に目をそらしたように見えた。