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剣呑な空気が漂うガタラの都。ガラクタ城前では思い思いの武器を手にした防衛軍隊士が戦闘準備を整え、今か今かと出番を待っていた。
「まだ始まらないのか?」
両手剣を背負った戦士が苛立つような声を上げる。
「呑気な事言ってやがるぜ」
と、私だけに聞こえる声で、ぼやく声が届いた。私は苦笑しつつその声に頷いた。
戦士の言葉は半分は正しく、半分は間違っている。
抜刀許可はまだ出ていない。
だが剣を振るわぬ場所で、戦いは既に始まっていたのである。
*
今から遡ること数日前、展望台からガタラ全景を見下ろしたユナティ副団長はこう言った。常の戦いならばこれほど守りやすい土地は無い、と。
カルサドラ山麓に栄えるガタラの都は天然の山城である。背後を山という壁に守られ、侵入経路は狭い街門のみ。しかも守る側には高さの利がある。攻めるに難く守るに易い。
だが敵もそれは…
「承知の上、らしい」
巨大な影が展望台を通り過ぎた。
ガタラ原野の淡く青い空を、骨のように白い翼が切り裂く。それも、一つや二つではない。統制のとれた翼竜の群れ。背には武具を身に着けた竜人がまたがる。ドラゴンライダーによる「航空戦力」である。
「処置無し、だね」
ダルルの姐御もお手上げのポーズだ。
空から敵部隊が侵入してくるのでは、堅固な山城も形無しである。それどころか壁となるべき背後の山が、敵の前線基地になりかねない。
当初想定していた、街門で敵を堰き止め、街への侵入を防ぐという戦術は、もはや非現実的なものとなってしまった。
「気に入らんな…」
ユナティ副団長の顔が険しく歪むのは、戦いの厳しさを思うからだけではない。
航空部隊を主力としたこの布陣が意味するのは、敵がガタラの地理的特徴を知悉しており、それに合わせた部隊を整えるだけの組織力を持っている、という事実である。
何者かが……このアストルティアをよく知る何者かが、魔物達の裏に潜んでいる。そして幾度かの魔界探索から得られた情報を鑑みるに、それは恐らく魔族ではない。
魔界住民の大半にとって、アストルティアは見知らぬ異郷の地なのだから。
敵はこのアストルティアに生まれ育ち、かつ異形の魔物達を自由自在に操る者。我々の脳裏で、漠然とした影が形を整え始めた。
「つまり魔法戦士団の"天敵"ですか」
「断言はできん」
副団長は硬い表情のまま首を振った。
これまでの任務で幾度となく相対してきた犯罪者集団……魔物商人の臭いをかぎ取ったのだ。
人工的な装備、統率の取れた大軍団、街や村をピンポイントで襲う計画性。全て辻褄が合う。
「もしそうだとしたら…」
副団長は拳を震わせた。
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彼女と魔物商人の間には、因縁がある。それも、単に敵同士というだけではない。
かつて彼女が兄と呼んだ男が、私怨から奴等と手を組み、魔物達を率いて街を襲おうとしたことがあるのだ。標的はこのガタラと同じ、ドワチャッカ大陸の大都市ドルワーム。
その計画は様々な要因から実行されなかったが……思えば一連の襲撃事件は、かつての計画を再現したものではないか。
「…もし、そうだとしたら」
ユナティ副団長の凛々しい顔に暗い影が下りた。…忌々しく思う。私はかつての同僚…彼女の兄である元衛士の顔を思い浮かべ、荒い息を吐いた。
何故、あんな男の為に彼女が悩まねばならないのか!
唾棄すべきその面影に、私は拳を握りしめた。今も彼は、どこかで悲劇の主人公を気取っているのだろうか…
「…そういう深い話は、置いとかないか?」
と、ダルルの言葉が私を現実に引き戻した。私はハッと我に返る。
女盗賊の横顔に、いつか見た表情を幻視し、いつか聞いた声を思い出す。
自分だって脛に傷もつ身。正しい怒りに身を任せられる奴は、住む世界が違う。
かつて彼女はそんな言葉で、自惚れ交じりの義憤に酔う私を諌めてくれた。
私はバツの悪い顔で目をそらし、深く息を吐いた。ダルルはそれ以上、何も言わない。
「…彼女の言う通りだな」
ユナティ副団長もまた盗賊の言葉に頷き、再び展望台から見えるガタラ全景に視線を移すのだった。
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魔物達が街に侵入するのはもはや止めようがない。ただ幸運なのは、敵の目的地がガラクタ城と分かっていることだ。
これまでの動向から、侵入経路も予想がつく。
まず地上部隊は向かって左手、東の街門から。そして城壁を越える航空部隊はその反対側、南西の鉄道駅付近から侵入するだろう。
また、北の山頂側、つまりこの展望台方面からの侵攻も予測される。展望台から町へ至るルートは東西二つあるから、合わせて四方向からの襲撃となるわけだ。
「なら住民の避難場所はあそこしかないね」
ダルルは展望台から、ある一角を指さした。