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ダルルが指さしたのは向かって左奥、郵便局や住宅村が位置する南東の区画だった。想定通りであればここが唯一、敵軍の進行ルートから外れた区画となる。
我々はここを住民の避難場所と定めた。
ダルルは急ぎ避難経路を定め住民達に周知、配下の強面どもを即席の誘導員へと教育した。その手際といったら、本国の衛士隊に見習わせたいくらいである。
「アンタらは派手にドンパチやればいい。アタイらには、もっと大事な仕事があるのさ」
ダルルは誇り高くウインクし、荒くれ共と共に街へと消えていった。
それは防衛軍の奮闘の裏で行われる、盗賊たちの防衛戦だった。
*
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そして今、ガタラの空にけたたましく警鐘が鳴り響く。ダルル盗賊団の主導で住民の避難が行われていた。
住民達も御し易い者ばかりではない。非常時には付き物の混乱もある。家から離れたがらぬ頑固者もいる。危機感の足りない怠惰な者もいる。盗賊達は彼らをなだすかし、時に脅し、避難所へと誘導するのだ。
防衛軍スタッフだけでは、こうはいかなかっただろう。ガタラは自由の町。公権力への反発は強い。
常日頃からガタラ経済を裏で支え、荒事に際しては力を示し、睨みを利かせてきたてきた盗賊ギルドだからこそ、スムーズな誘導ができるのだ。
無論、敵も避難が済むまで待ってはくれない。盗賊達も火の粉に身を晒さねばならなかった。侠気の見せどころだ。彼らは発奮した。
「避難状況は?」
私は呟くように言う。姿なき声が答える。
「8割ってとこだな」
彼はイスターといい、ダルルの配下…つまり盗賊ギルド時代の私の同僚だ。身分を明かした私に対し、彼は露骨に嫌な顔をしたが、私情は挟まなかった。
「お前らはまだ動くなよ」
イスターが釘を刺す。
避難が終わらないまま白兵戦が始まれば住民が巻き込まれる。が、仕掛けが遅れれば後手に回り余計に被害が増加する。打って出るべきはいつか。慎重に機を見極めねばならない。剣を振るう前から、戦いは始まっているのだ。
やがて風斬り音がガタラ上空に響く。ドラゴンライダーの襲撃だ。空を焦がす炎と共に竜の翼が宙を舞う。
これを無数の矢が迎え撃つ。展望台に配置された魔法戦士団の弓兵隊である。理力を帯びた矢が次々と翼膜を貫く。翼竜ごと墜落し、半数が脱落した。
だが残り半数は竜を失ったままガタラ内部に着地。石畳を踏み荒し、進軍を開始する。
「まだか!」
「もう少しだ、畜生!」
イスターが歯噛みする。竜騎兵が剣を抜き、矢の雨を掻い潜った仔竜小隊がそれに続く。隊士が待ちきれず剣を抜く。私は彼らを制し…しかし、視界に映る敵影が徐々に大きくなっていくのを見て汗を垂らした。
戦の熱と火山灰が反応し、焦燥を募らせる。その緊張が最大限に高まった時、ついに待ち望んでいた声が響いた。
「避難完了!」
「戦闘開始!」
戦士達が一斉に飛び出した。
「後はお前らの仕事だ。けどな」
と、イスターは私に耳打ちした。
「奴らに好き勝手させるんじゃねえぞ! 俺らの沽券に関わるんだ!」
その声には、街を守る男の矜持があった。はみ出し者、アウトロー、無頼漢。そんな彼らだからこそ、面子を重んじる。
「魔法戦士の誇りにかけて」
私はサインを返しつつ戦士達の後に続いた。
「気取りやがって!」
「お互い様だ」
イスターの影が消える。
前線では既に、戦士達が敵と切り結んでいた。
*
ガタラ防衛戦は目まぐるしい展開となった。何しろ四方からの進撃を防がねばならないのだ。
まずは北東と南西から竜騎兵を主力とした同時攻撃。これを一掃した頃、さらに北東から中隊長クラスの大物が進軍してくる。苔生したスカルドンとでもいうべき巨大な竜骨の化け物だ。肉を持たぬ竜が渇いた足音と立ててガタラの町を闊歩する。
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弓を構え、理力を集中させた私はフォースブレイクとダークネスショットを続け様に打ち込む。隙間だらけの骨竜に矢を打ち込むのはかなりの難題だったが、狙い過たず命中。骨が纏う理力を狂わせて弱体化させ、後続への足がかりとする。
機を逃さず戦士達が猛攻を仕掛ける。私も畳みかけようとして、ふと視線の端に嫌なものを見つけた。
再び南西! 抜け目なき仔竜小隊が逆方向からガラクタ城を急襲していたのである。
慌てて応戦、油断も隙も無い。
北西からも竜騎兵が進撃! 防衛軍は骨竜に対応しつつこれらを迎撃した。
これで一息…つく暇もなく、次は南西、鉄道駅方面からの進軍だ。現れたのは先の骨竜に肉を足したような強大な黒竜。大物が続く。
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防衛隊士はこうした大物を迎撃しつつ四方に目を配り、影から迫る竜騎兵、仔竜、そしておなじみの魔鐘達に対処せねばならないのだ。
戦火がガタラを赤く染める。目の回るような忙しさだった。