なりきり冒険日誌~魔法戦士、茶の心を探る
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どこからともなく聞こえてくる尺八と三味線の音色。流れる水と鹿威し。そして舞い散る桜。
カミハルムイの情景は心が和む。母国ウェナ諸島は別格としても、残る4大陸の中で私が一番好きなのがこのエルトナである。以前から任務抜きで訪ねてみたいと思っていた。
景色を楽しみつつ、私は、茶人として名高いチャセン女史の茶室を訪ねた。以前、ちょっとした頼まれごとをしたことが縁で、旧知の仲である。この機会にエルトナ文化の深奥、「チャノユ」を披露してもらおうというのが私の目当てだ。
この衣装に身を包んだ今なら、噂に聞く「サドゥー」をも極められそうな気分だ。
丁重な作法と、細やかな心配りと共に、私に茶が差し出される。
合わせて出された茶菓子は王都の桜餅。やわらかで官能的な舌触りと、おさえた甘味が実にまろやかだ。茶をすする私の肩をなでるように風が舞い込み、桜の花びらを運んできた。
鹿威しの音が再び響いてくる。
チャセン女史は慎ましやかな笑顔を浮かべている。
静かな、しかし幸せな空間がそこにあった。和の心とはこういうものか。
ウェディである私の胸にも、エルトナの風が舞い込んだようだった。
だが、何かがおかしい。
完全な調和の世界に、どこかいびつなものが紛れ込んでいる。
それは何か……。あたりを見渡しても、違和感は見つからない。だが、ふと自分の足元に目を落としたとき、私はそれを見つけてしまった。
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チャセン女史の足元は「チャノユ」に相応しい美しい形に収まっていた。
そう、これこそはエルフの伝統的着席法「セイ・ザ」!
だが、私の足元は……。
なんということだろう。「チャノユ」の空気を乱していたのは、他ならぬ私だったのだ。
エルトナ風の衣装を身に着けてその気になっていた私だが、肝心の中身がエルトナ文化を身に着けていないのでは話にならない。これでは「サドゥー」を学ぶなど夢のまた夢だ。
穴があったら入りたい気分だが、今の私に「セイ・ザ」を身に着けるだけのスキルは無い。恥じ入りつつ、席を立とうとする私に、チャセン殿は「形にとらわれるのがチャノユの心ではない」と諭してくれた。エルトナ文化はまことに奥が深いものである。
……ところで、そのチャセン殿だが、以前の依頼で届けた紺碧のヒスイについて、ちらりと匂わすようなことを口にしていた。
なんでも、美しいものはいくつあっても困らない、だとか……意外と俗っぽい一面もあるようだ。
欲しいものは少し足りないぐらいが丁度良い、というのが「ワビ・サ・ヴィー」の道ではないかと思うのだが、門外漢が口をはさむのはやめておこう。どうせあのヒスイの近くはよく通るので、今回の礼も兼ねて、折を見て期待に応えることにする。
さて、そのあとは城の中を案内してもらった。
王者の武具の一件でも訪れたばかりだが、厨房にふと、気になる人物がいたので声をかけてみた。料理人にしてはどこか高貴な雰囲気のする、不思議な女性だった。
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まさかそれがニコロイ王の御息女、リン姫だとはさすがの私も予想外だった。
王女自ら食事の支度をするとは、これもエルトナに伝わる「モテナシ」の心だろうか。女性が王位を継ぐヴェリナードでは考えられない光景である。
仕草や雰囲気からは、心から料理を楽しんでいるような節が見受けられる。気さくな性格らしい。
このような女性を妻にめとる男は幸せだろう。さらにカミハルムイの王位継承権もオマケでついてくる。引く手あまたに違いないが、婚姻の話があるのかどうかまでは流石に聞けなかった。
老齢のニコロイ王の次の王を求めて、リン姫のお相手探しは入念に行われていることだろう。
そのあたりの話に興味もあるが……あまり詮索するのも出歯亀根性が過ぎるというものだ。
次にカミハルムイを訪れるときに、さりげなく聞き耳を立てる程度にしておこう。