私はさらに報告書を読み進めた。
こうした状況では人々の口も軽くなるのか、私が訪れた頃には聞けなかったような話も報告書には記されていた。
前王イーヴの話だ。
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イーヴ王は平民に対しても分け隔てなく接する優しい王だった、という話は私も知っていた。
そんな王の時代から身分格差の激しい今の時代に変わったのは、エルガドーラの意向が大きいのだろうと、私は漠然と思っていた。
が、どうやら少し違うらしい。
報告書の述べるところによると、平等を説くイーヴ王こそがゼクレスにおいては異端の王であり、在位中から貴族たちの厳しい批判にさらされていたようだ。
だが王は怯むことなく自分の理想を貫き、ついには身分制の廃止までも打ち出した。
一見すると立派に見えるが、これは有力貴族の猛反発を招き、ゼクレス内部は混乱。一時は内戦の危機にまで陥ったのだという。
王とはいえ、絶対権力者とは限らない。むしろ大抵の場合、王は宮中の各派閥により押し上げられた存在であり、貴族勢力は王の立つべき足場なのだ。
ヴェリナードの女王陛下も、あれで結構苦労されているとか……間に立ち、各派閥の利益をうまく調整するのがメルー公の大きな役目である。
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結局この改革は失敗に終わり、イーヴ王は国外追放。王家は貴族たちに領地の一部を分譲する羽目に陥るなど、権威の失墜を招いた。
イーヴ王は高潔な理想家だったかもしれないが、政治家としてはいささか思慮に欠ける人物だったようだ。
エルガドーラの過剰なまでの格差政策も、あるいはこの反動だったのかもしれない。
「んー、わかるかも……」
リルリラが呟いた。私が首をかしげると彼女は茶目っ気たっぷりの笑みを返した。
「隣に極端な人がいると、逆の事やらなきゃいけないしね」
「……誰のことだ?」
「さあ」
エルフは目をそらした。全く……私は帽子をかぶり直した。
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報告書には他にも様々な情報が刻まれていたが、ゼクレス方面の探索が主任務だったらしく私がこれから行くバルディスタについてはほぼ記載がなかった。
一から調べ上げることになるだろう。
「忙しくなりそうだな」
私が書簡をしまい込むのと、防衛軍の招集命令がかかったのは、ほぼ同時だった。
「海岸線に敵影接近、各部隊、持ち場につけ!」
私は武器を手にした。周囲がにわかに慌ただしくなる。指揮官が指示を飛ばす。
「ミラージュ、貴公は後方支援にあたれ!」
「了解!」
私は急ぎ持ち場につく。魔界探索に向けて、明日にはヴェリナードに向けて発つ予定だ。ジュレットでの任務はこれが最後になるだろう。
住民の避難を済ませ、砲台とバリケードを用意。防衛軍は戦闘態勢に入る。手慣れた陣形。手慣れた戦い。
……だがその戦いの中に奇妙な出会いが待っていようとは、この時、予想だにしていなかったのである。
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(続く)