あくる日も旅は続く。
「シリルさんはヴェリナードで先生でもするの?」
リルリラは青年学者に語り掛けた。
「教師……そうだね。学問で身を立てるなら、それもいいかもしれない」
シリルは曖昧に回答した。
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「ふーん、ツスクルならツテがあるんだけどなぁ……」
「ああ、エルトナ大陸の学問の里だね。一度行ってみたいと思ってるんだ」
「なら紹介状書こうか!」
エルフは茶化すように言った。彼女はこう見えて毛並が良く、カミハルムイの神官の家系出身。ツスクルの学院で学問を修めている。学者志望のシリルとは馬が合うようだ。
「きっと生徒から人気出ると思うよ、シリルさんは」
彼女は太鼓判を押した。シリルの学識は実際見事なもので、特に古代史には精通しているようだった。
街道の左手にジュレリア地下廃坑を見かけた時も、景色に見惚れていた時とは少し違う、思慮深く鋭い視線を注いでいた。
「あれは確か、ラーディス王が地下資源くみ上げのため、新技術を投入した場所だったね」
「そうなのか?」
私は初耳だった。
「ああ。当時としては画期的な手法だったんだ」
施設に目をやれば、青白く光る鍾乳石の間を潜り、古いパイプがカーブを描くのが見えた。ラーディス王は技術者でもあり、機械文明の旗手として多くの発明品を遺したという。
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「今ではただの遺跡だが……」
「でも、訪れる人は多いようだけど?」
彼は廃坑へと向かう冒険者の一団を指さす。私は肩をすくめた。
「あれは腕試しの試練を与えられた冒険者で、炭鉱目当てじゃあない」
「へえ、そうなのか……今ではそんな風に使われているんだね」
彼は顎に手をあて、無邪気にその様子を覗き込んだ。
どうやら歴史に詳しい半面、最近の事情についてはやや疎いらしい。そんなところがいかにも学者らしかった。
「僕にあるのは本で読んだ知識だけでね……実際、世間知らずかもしれない」
彼はかぶりを振ると、自嘲的な笑みを浮かべた。
もっとも、事情を知れば無理もないことだ。
道すがら少しずつ聞き出したところによると、なんと彼は、とあるヴェリナード貴族の落胤だそうなのだ。
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他に正式な世継ぎがいたのだろう。生まれてすぐに母ともども僻地へを追いやられ、ひっそりと暮らしてきた。
餞別として与えられた金銭のおかげて食うには困らず学問を修めることもできたが、外の世界を知らずに育ったのだという。
「その母も……少し前に亡くなってね」
シリルは瞳を閉じた。温厚な青年の眉間に深いしわが刻まれ、目じりは悲しげに垂れ下がっていた。
「……それで、思い切って故郷を出てきたんだ」
「それでヴェリナードに……つまり、お父上に?」
私は緊張した面持ちで彼の表情を覗き込んだ。
「いや、そうじゃない」
彼はきっぱりと否定した。
「生まれや身分なんてどうでもいいんだ。ただ僕はこの目で世界を見てみたい。ヴェリナードはウェナ随一の大都市なんだろう?」
再び彼の瞳にきらめくものが戻ってきた。
「それを見てみたいんだ」
「シリルさんは純粋なんだね」
リルリラが笑顔を向けると、シリルは困ったような顔をした。そして目をそらし、遠くを見つめた。
憂いをひそめたその瞳は、空を見るようでもあり、海を見るようでもあり、もっと別の場所にある何かを見つめているようでもあった。
(続く)