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傾き沈む日と共に、シリルの顔に影が下りた。気まずい沈黙が続く。
「……ま、いつかは王子も、そう思う日がくるかもしれんな」
私はあいまいに言葉を返した。王の背負う重荷、痛み。王子がそれを本当の意味で知るのは、まだ先の事だろう。
「その時は、逃げるのかな」
シリルの瞳は、どこか後ろめたさを感じさせる鈍い色に染まっていた。
リルリラはうーん、と唸りながらシリルを見上げた。
「思ったとしても、逃げられないでしょ? 立場とか色々あるし……」
「立場か」
シリルの顔が更に曇った。
「……立場に縛られて好きなように生きられない人生に、意味はあるのかな」
彼は呟き、また遠くを見つめる目つきになった。
だから、隣にいるエルフがアーモンド型に瞳をとがらせたことには気付かなかった。
リルリラは呟くように、ぽつりと言葉を吐き出した。
「……私の人生は、無意味じゃないよ」
「……?」
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シリルの瞳が彼方から帰ってくるのと、私が彼女の頭に触れたのは同時だった。
「助かってる」
エルフの長耳をかすめるように、私はリルリラの後ろ髪をそっと撫でた。リルリラの小さな頭が傾き、私の掌に体重を預けた。
シリルには知る由もないことだが、僧侶としての人生は彼女の本意ではなかった。子供時代の夢。代々神官の家系。色々あったのだ。
青年学者とエルフの間を潮風が通り抜けた。海は近い。
「ま、話を戻すが……王子自らが選んだ道だ。後悔はないだろう。それに……」
「それに?」
「王子はずっと陛下のことを見てきたからな。憧れは人一倍強いんだろう。多分、それが原動力だ」
「……ヴェリナードの、女王……」
シリルは沈思黙考した。
太陽は海の彼方に沈み、シェルブリッジは月光の色に染まっていた。
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(続く)